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初期情報02
 
 
 
Goodbye baby, and amen.
【担当マスター】外川辛
 
 
 
――どうしようもなく愚かな君に、一つ教えてあげるよ。
――この世界に、神様なんていない。
 
◇     ◇     ◇
 
「兄さん、どこ……?」
 夢遊病者のような足取りで、少女は歩いていた。
 こつん、こつん。硬質の床に響くのは自分の靴音だけ。
 真っ白い床、真っ白い壁。この白ずくめの建物が少女はあまり好きではなかった。それがどうしてなのかは判らない。頭がぼんやりするから。
 視界の片隅に人影を見つけ、少女は微笑んでドアを開けた。良かった兄さん、ここにいたのね。
「……え?」
 最初に目に飛び込んで来たのは赤だった。
 白い床に良く映える、鮮やかな赤。
 そして真っ赤な水溜まりに沈んだ、よく見知った顔。
 その胸を彩るのも赤い血の花。
「にい、さん……?」
 呆然と呟く少女の目前で、金色の影がゆっくりと身を起こした。黄金の毛皮を赤く染めた獣、その双眸がじっと少女を見据える。
 
――オマエハ、ダレダ
 
 声なき声に、凍り付いていた理性が呼び戻される。受け入れがたい現実に、叫ぶ声は意味を成さない。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 
 叫び声と共に跳ね起きて、夢を見ていたのだと少女は気付いた。全力で走った後のように、胸が苦しい。
 あたし、あたしは誰?
 そうして彼女は思い出す。花折アリス[はなおり・−]という自分の名を。
 誰よりも優しくその名を呼んでくれた兄はもういない。彼は目の前で死んだ――否、殺された。
「苦しいよ、兄さん……」
 膝を抱えて汗ばんだ両腕を抱きしめる。落ちた涙がシーツの上に染みを作った。
 
◇     ◇     ◇
 
「復讐?」
 横浜市内、アイオーン本営。
 ガブリエラ・ベッツェラ[−・−]は少女の申し出に困惑した表情を浮かべた。
「そうです。兄さんを殺したディアティを探し出して、あたしが敵を」
「あのねアリス、あなたの気持ちは私にもよく判る。判るけれど……」
 そう言って、ガブリエラは長いアリスの髪を優しく撫でる。亡くなったアリスの兄は彼女の部下でもあった。
「犯人は戦闘能力に秀でたディアティなのよ。あなたに万一の事があっては、お兄さんも喜ぶはずがないわ」
「でも……」
 普段は自己主張の少ないアリスだが、今日に限っては引き下がる気配がなかった。目にうっすらと涙を浮かべて、なおも言い募る。
「でも、このままじゃあたしは前に進めないんです。自己満足かもしれないけれど、それでも……!」
「ここまで言っている事だし、やらせてやったらどう? 僕も同行するから」
 それまで黙って壁にもたれていた少年が、やんわりと口を挟んだ。
「あなたまでそんな事を言うの?」
 ガブリエラはこめかみを抑えてハァ、と溜息を吐く。少しの間を置いて、観念したように再度溜息をひとつ。
「判ったわ……。犯人の逃亡先の調査と、サポートに回ってくれる人員の確保はしてあげる。ただし約束して。絶対に無茶はしないことと、一人で勝手に行動しないこと。いいわね?」
「はい、約束します!」
「やれやれ……お姫様にも困ったもんだね?」
 涙を拭って出て行くアリスの背を見やって、少年は唇を歪めた。猫のそれに似た灰色の瞳が微かに細められる。
「ある程度は仕方ないわ。あの子がああいった事を言い出すのは意外だけれど、良い傾向とも言える。でも――」
 その視線を受けて、少年は薄く笑う。
「大丈夫、うまくフォローするから」
「……カッツェ[−]、必要以上の行動はしないで」
「どういう意味?」
「そのままの、意味よ」
 カッツェと呼ばれた少年は答えなかった。その姿は既に、足音も立てずにかき消えている。
 残されたガブリエラは再度深い溜息を吐く。
 
◇     ◇     ◇
 
「……疲れた」
 目を通していた書類を放り出すと、積み上げられた紙の束が崩れて宙に舞った。青年はうんざりした表情を浮かべると、渋々床に散った書類を拾い上げていく。
『……だらしがない』
 呆れたような叱責の声は、他に誰もいないはずの空間から響いてきた。が、青年はそれに驚く事もなく書類を拾い続ける。
「あなた様におかれましては、庶民が何をしたところでご満足いただけないと思いますよ」
『たわけ。我が使い手たる貴様がその体たらくでは、我の評価まで落ちようというもの。貴様にはその自覚が足りんのだ、橘よ』
 橘英雄[たちばな・ひでお]、それが青年の名。そして今では、関東に一大勢力を誇るアイオーンの代表、そして“主劍”ジュワイユーズの使い手という肩書きがそれに付け加わっていた。
「それは失礼いたしました、精々精進いたしましょう」
 軽口の間にも橘の手は動き、最後の書類を拾い上げる。
『して、状況は?』
「現在の所、西のディーヴァ、北のヴァナヘイム共々大きな衝突に発展しそうな動きは無し。もっとも、予断は許しませんが」
『グングニルはさておき……あの野蛮なヴァジュラのこと、何を企んでおるか。くれぐれも警戒を怠らぬことだ』
「それは勿論。彼らに近いデュランダルが心配ですか?」
『ふん。あのような腑抜け、どうなろうとも知らん』
 書類を整えていた橘が、そのうちの一枚に目を止める。びっしりと細かいデータの書き込まれた報告書。
『“外”の連中はどうなのだ?』
「相変わらず、餌を寄越せとわめく雛鳥のようですよ。彼らは事の本質を理解していない。いずれ袂を分かつ日が来るでしょう」
 報告書に「差し止め」と赤ペンで書き込んで橘は肩をすくめた。
「鼻の黒い鼠が随分動き回っていることですしね、近いうちに荒療治が必要かもしれない」
 橘の言葉に、ジュワイユーズが小馬鹿にしたような溜息を吐いた。正確には、そう聞こえる思念が伝わってきただけだったが。
『上辺では手を取り合い、円卓の下では互いの足を踏み潰さんとする――全く愚かなことよ、人間というものは』
「人間とはそういうものですよ。人類の歴史は争いの系譜。隣人を殺し、兄弟を殺し、親を殺し子を殺し――そうやって、我々の歴史は作られて来たのです。あなたの方が余程ご存じでは、ジュワイユーズ?」
『貴様も屍の上に玉座を築くのか?』
 楽しげなジュワイユーズの問いに、橘は窓の外を見た。
「さぁ……どうでしょうね」
 骸の上に咲く花もあるでしょう、と呟いた声は小さく、誰にも聞き取られることなく消えていった。
 
シナリオ傾向など
推奨対応人数 ★★
最大対応人数 ★★★
シナリオ危険度 ★★★★
キーワード 『選択には責任を』『痛くても泣かない』『信賞必罰』『誰もが嘘をついている』『あなたは何を信じますか?』

イラスト=桜瑞
 
 
 
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