『学徒忍法帖』
山城一樹 Yamashiro, Kazuki

　群雲が晴れ、満月が顔をのぞかせた。
　青白い月光に照らされたそこは、山々の隙間を蛇行する狭隘な谷間。その険阻な土地柄は、古来、人の往来を困難にしてきた。
　ここは私立八十神学院の奥地、『くちなわ谷』……それがこの森林地帯の名である。
　現在、学園の敷地となっているが、その奥深さゆえに、生徒たち学園関係者の出入りがまったくない秘境だった。
　月が雲に隠れると、谷の闇がいっそう濃さを増した。
 
「伊賀忍法・紙隠れ！」
　少年の声とともに、夜目にも明るい紙切れが幾十枚もぱっと暗闇に踊った。その白さに目がくらんだ隙に男は少年の姿を見失ってしまう。
「しまった！　どこへ消えた？」
　ひらひらと紙切れが舞い散る中、男は少年の姿を捜し求めるその隙に、男の足元の影から伸びた切っ先が、男の胸板を貫いた。
「む……無念……！」
　落命し倒れ伏した男と入れ替わりで、小柄な影が立ち上がる。
　再び月光がさしこみ、影の姿をあらわにした。八十神学院の制服を着た少年である。まだローティーンに見える、快活そうな少年だった。
月光を浴びた紙きれはすべて先ほどの明るさを失っている。どうやらあの明るさは夜光塗料のものらしい。
　少年の見事な勝利だったが、
「うわ、わあああ〜」
少年が頭を押さえて苦しみだす。体を小さく丸めて何かに怯えているようだった。
遠くから駆け寄ってきた女性が少年をギュッと抱きしめる。
「しっかりして、浅葱丸〔あさぎまる〕！」
　同じ八十神学院の制服を着たロングヘアーの少女だった。
　しばし、震える体を少女に抱きしめられていると、少年こと浅葱丸は落ち着きを取り戻した。青ざめた顔でニッコリ笑い、
「姫様、もう大丈夫ですよ」
　浅葱丸の言葉に、姫と呼ばれた少女は哀しげに首を振った。
　先ほどの忍法は、浅葱丸が過去の『運命』をもとに駆使したものだ。そのせいで、術を使うたびにトラウマに襲われるのである。
　浅葱丸が死体の着衣を確かめ、
「これは八十神学院の正規の制服……」
「とうとうここまでやってきたきたのね。《御館さま》の刺客が……」
　女性の言葉に、浅葱丸がうなずいて、
「姫様、確かにオイラたちは多くの仲間を失いました。ですけど、まだこれからですよ！」
「そう、ね……ええ、そうですわ！
　ここに新しく里を作り、新たに仲間たちを集めて再起を図る。そのためにここまで来たのですから」
　浅葱丸の励ましに女性……服部撫子〔はっとり・なでしこ〕は改めてうなずいた。
　この『くちなわ谷』は、侵入者を容易に寄せ付けない地勢で、少数でも守りやすい。
　ここに隠れ里を作り、仲間を集めて力を蓄えたなら、《御館さま》相手に充分対抗することができるはずだった。
　撫子たちの相手は、古くからこの国の歴史を操ってきた巨大な存在《御館さま》とその配下たち。
　撫子たちは、自らの未来と自由を勝ち取るべく、仲間を集め忍法を磨いてきた。だが、圧倒的な組織力を誇る《御館さま》の前に敗北を喫し、残るは撫子を含め、ほんの数名……
「けど、もう彼らの好きにはさせませんわ。そのための対抗手段はあるのですから。この巻物の秘密さえ解き明かせば……」
　撫子の手には一巻の巻物が握られていた。この巻物こそ、伊賀の隠れ里と多くの仲間の命と引き換えに、撫子が守り抜いた、彼らの最後の武器であった。
 
　その山頂からは、くちなわ谷を一望することができた。
「さすが伊賀の姫。あの程度の刺客では討ち果たせぬと見える」
　谷を見下ろしながら呟いたのは、ショートカットの少女。鎖帷子と、丈の短い黒小袖で身を包み、黒柄黒鞘の刀を背負っている。この少女、山吹〔やまぶき〕という手練のくノ一だった。そのつぶらな瞳には、激しい憎悪の色が剥き出しになっている。
　その山吹へ、どこからともなく声が届いた。
「山吹様にご報告……どうやら伊賀者たちはあの谷を要塞化し、我らに立ち向かおうとする様子で。即座に根を刈らねば厄介なことになりましょう」
　別の方角から、また、声。
「彼らに手を貸す者も少なからず現れた様子」
　姿を見せぬ部下たちの報告に、山吹は冷然と鼻を鳴らす。どうやら不愉快らしい。そして朗々と夜空へ告げた。
「甲賀、風麻、飛騨、根来……その他の各忍軍、《御館さま》配下の全ての忍び衆へ告げる。学園に潜む服部撫子を捕らえよ。学生でも教員でもどんなかたちで潜入してもよい。
　生死は問わぬが、撫子が持つ巻物だけは、必ず入手すること！　任務成功者には《御館さま》より、今後、数世に渡って莫大な恩寵が与えられるゆえな！」
　山吹の言葉に森がざわめいた。それは、多くの忍びたちが学園へ向かって潜入行動をはじめたしるしだった。
　この夜から、忍びたちが繰り広げる、闇の死闘が始まった。
 
 
 
【シナリオ傾向など】
対応人数 〜40名
キーワード 『忍法合戦』『死して屍拾う者なし』『描写重視』『巻物争奪戦』『里作り』『レジスタンス』『反体制の歴史』『血縁の絆』『忍者募集中』『くノ一も募集中』『骨肉の系譜』『忍具支給あり』『伊賀の影○』『心の上に刃を置いて』『いつわりも、何か苦しきもののふは、忠ある道をせんと思わば』
推奨『属性』 【器用】
 
【選択肢】
A017100【器用】「撫子の仲間として《御館さま》と戦う」
A017101【筋力】「山吹の命令を受け撫子を拉致する」
A017102【知識】「巻物について調べる」