運命準備委員会 Sommerbrautは寂かに告げる
 


 
 
 
ルール解説
 
 
 
『永劫青春エレジー』
高良鳩一 Takara, Kyuichi
 
【我楽多舎開校初日:早朝】
 壁は触っただけで剥がれそうだ。窓ガラスはほぼ全部割れていて、屋根には空襲にあったようにしか見えない大穴が開いている。建物自体が斜めに傾いているのは、きっと目の錯覚では無い。広い敷地は道も庭もごったになって雑草が生い茂り、蛙や鳥の鳴き声が響いてくる。
 私立八十神学院の僻地に位置する2階建ての小さな木造校舎は、学院創立当初からあった建物と言う噂だ。老朽化に伴って数十年前に使用が停止され、以来幾度も解体作業が行われたのだが、原因不明の事故に見舞われて大抵3日以内に作業は中止された。破壊されずに残った校舎は放置され、時の流れに身を任せて荒れ果て、数十年が経過した今日の日。校長の命により、『我楽多舎』は正式に特設校として開校された。
「今日からここがテメェらの神聖なる学び舎だァ。文句があんなら今のうちに言えやゴラァ」
 パンチパーマにサングラス、ビビッドピンクの開襟シャツに白いスーツのおっさんが、校舎を背にして木刀をブンブン振り回している。竜造寺武蔵45歳。教師になりたいと言う長年の夢が実現した今日、あまりに嬉しくてちょっぴりはしゃぎ気味。
 対して、彼が受け持つ生徒たちは、ぽかんと口を開けて校舎を眺めたまま動かない。よくよく彼らを見ると、茶髪だったりモヒカンだったり刺繍入り長ランだったりと、絶滅寸前の不良少年少女がやたらと多いのが判る。中には馬鹿でかい猫のぬいぐるみを抱えて黙っている少女や、文庫本をひたすら読み続ける少年もいる。まともな格好の生徒はごく少数派と言っていい。
「俺らが落ちこぼれだから、こんなクソ校舎に突っ込んで厄介払いにしようってのか!? ふざけんじゃねえぞおっさん。こんなとこに通ってられるかよ!」
 眉無しスキンヘッドの少年が竜造寺に詰め寄った。その他の生徒も、大部分が不安や怒りを浮かべて教師を見つめている。彼らは今までに何らかの問題を起こしたり、事情があって他の特設校で過ごせない、過ごしたがらない少年少女たちだった。
 同年代の子供たちより繊細な精神を持つ彼らは、受け持ちの教師もまた、自分たちの同類だと気付いていた。社会のはみ出し者ばかりが、使用に耐えるのか怪しいオンボロ校舎の前に集っているのだ。
「クソ校舎ァ? テメェらにはお似合いだろうが。だぁれもふざけちゃいねえ、今日からテメェらはここで汗水垂らして働くんだよ」
 木刀を肩に担ぎ、竜造寺は煙草をくわえた。ライターで火を付け、美味そうに煙を吐き出す。
「あたしたち、まだ学生です。勉強が本分のはずです。違いますか、先生」
 眼鏡をかけた大人しそうな少女が、小さな声で主張した。竜造寺は初めて先生と呼ばれて、それがあまりに嬉しくて、木刀をブンブン振り回す。怯えた少女が身を縮めて後ずさる。
「テメェら、勉強好きか」
 ほぼ全員が一斉に、首を横に振った。
「よぅし。俺も勉強は嫌いだ。超嫌いだ。……いいかテメェら。テメェらの勉強は、この校舎の修復だ。なぁに、専門知識なんて期待しちゃいねェ。とりあえずは屋根と壁と窓辺りから始めりゃいい。道具やら金やらはこっちで用意してやる。まあ、初めのうちは筋肉痛になるかもしれねェけどな」
「こんなボロ校舎、何年かけて修復する気だよ。馬鹿じゃねえか」
 スキンヘッドの少年が再び吐き捨てる。周囲の不良たちが一様に、同意を示して肩をそびやかした。
「アタイらみたいな屑の使い道は、これぐらいだってこったろ。……まあいいじゃないか、アタイはやるよ。これで単位がもらえるんならありがたいしね」
 赤いスカーフに超ロングのプリーツスカートが目印の、きつい顔立ちの少女が不敵な笑みを浮かべた。彼女の発言に周囲がざわめく。花園香織は不良少年少女グループのトップに君臨するスケ番として名が知られており、その彼女が「やる」と言えば周りも反論は出来なくなる。
「香織さん、なんでこんな奴に従うんですかい」
「従う気は無いよ。……アタイはずっとここに入りたかったんだ。『黒狗の鉄』が居た、この校舎にね。あの人の思い出が眠ってる場所に触れてみたいのさ」
 誰かが息を呑む音がした。数十年前、この学院に在籍していた伝説の喧嘩番長は、まさに目の前の校舎に通っていたはずなのだ。
「よしテメェら、自己紹介は面倒だから無しだ。今日は解散! 明日はジャージか汚れていい格好で来いよ」
 数十年ぶりに封印を解かれる年老いた木造校舎は、真新しい生徒たちを静かに見つめている。
 
【我楽多舎開校初日:深夜】
 月輪カイトは懐中電灯を右手に、大ぶりの金槌を左手に持って木造校舎の中へ足を踏み入れた。みしみしと床板が鳴る。腐っていないかどうか慎重に確かめながら、半ズボン姿の小柄な少年は奥へ入っていく。
 誰も立ち入らないオンボロ校舎が、不良教師と問題児童のために開校されると言う話に、月輪は真っ先に飛びついた。明日から堂々と校舎に入れると言うのに、前日の夜に一人で行動する理由はただ一つ。理科室に眠ると噂のプレミア付き人体模型を、誰よりも先に入手したいからだ。
 永い間封印されていた校舎は老朽化が進んでいるものの、価値あるお宝が眠っていると言う眉唾ものの噂が流れている。そしてもう一つ。校舎の中には『何か』が出ると有名だった。その『何か』こそが、この校舎を守り、生き永らえさせているのだと。
「ここか、理科室。待っててね僕の人体模型ちゃん!」
 1階の廊下の突き当たり。しかし当たり前のように扉には鍵がかかっていた。月輪は軽く引き戸を蹴ってから、金槌を窓枠へ向かって振り上げる。
「ワンッ!!」
 獰猛な獣の吠える声に、少年は文字通り飛び上がった。反動で金槌を足元へ取り落とす。声の聞こえた方角を見ることも出来ず、彼は一目散に走り出した。
 どこをどう走ったかも覚えていない。気付くと校舎の外の草むらに立っていた。懐中電灯だけは握っていたので、震える足を奮い立たせて振り返る。丸い光に照らされた2階の窓に、一瞬人影が見えたような気がする。
「ふっ、ふざけんな! お前に必要ないだろ、よこせよ人体模型ちゃん!」
 人体模型マニアの少年はそう叫んだが、声は虚しくも蛙の鳴き声にかき消された。光の中にも、もう人影は見当たらない。遠くからもう一度、犬の遠吠えが聞こえた。
 月輪は再び飛び上がり、何も言わずに全力でその場を逃げ出した。犬の遠吠えは侵入者の姿が消えるまで、しばらくの間止まなかった。
 翌日、凶悪な野犬が校舎内に出没すると言う噂が広がったのは、もちろん彼のせいである。
 
 
 
【シナリオ傾向など】
対応人数 〜30名
キーワード 『描写重視』『青春』『番カラ』『汗と涙』『努力と友情』『拳で語れ』『揺れ動く十代』『葛藤』『ギャグ時々シリアス』『謎解き?』
推奨『属性』 【強靱】(「職人の想い出」「奴隷の想い出」推奨)
 
【選択肢】
A017200【強靱】「我楽多舎の修復作業をする」
(修復場所・手段を具体的に明記)
A017201【器用】「我楽多舎内部を探索する」
(修復場所・手段を具体的に明記)
 
 
 
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