運命準備委員会 Sommerbrautは寂かに告げる
 


 
 
 
ルール解説
 
 
 
『Hinter den Kulissen.』
黒川実 Kurokawa, Minoru
 
―1―
 
 八十神学院高等部第二校舎の裏手に広がる森を抜け、急な坂を30分ほど登った場所に「それ」は建っている。
 鬱蒼と茂る木々に半ば埋もれるような建築様式不明のまるいドーム状の屋根に石造りの白い壁。
 外壁に窓らしきものは見当たらず、内部への出入口は精緻なレリーフの施された青銅の扉だけだ。
 この建物に正式な名称はない。異国の宗教施設を連想させる外観から『聖堂』と呼ぶ連中もいるし、散文的に『瞑想場』『修行場』と呼ぶ生徒たちもいるようだ。
 この場所を『あなた』に教えた老教師は『夢見堂』と呼んでいた。記憶の彼方に置き忘れた自らの『運命』を取り戻すことのできる場所は此処だけだと。
 扉の前に立つ灰色の人影が『あなた』を出迎えた。
 フードの下に見える顔は真っ白い包帯で覆われ、その隙間から覗く灰青色の瞳が『あなた』を見据えている。
 この『夢見堂』の管理者である朱鷺目[ときめ]だ。
「――此処は、失われた記憶を取り戻すための場所だ」
 年齢も性別もわからないくぐもった声が包帯の下から淡々と『あなた』に呼びかける。
「此処で君は、転生の際に忘却した前世の『想い出』を思い出すことができる。また、幾度も転生を繰り返しているうちに、記憶から薄れた前世の力を鮮明に甦らせ、弱まった『力』を再び復活させることもできるだろう」
 ただし、と朱鷺目は声の調子をほんのわずか強める。
「ただ前世の記憶に囚われ、その力に溺れれば、やがて君は現世との絆を喪った『想失者』として、輪廻の外に投げ出される。また、前世で君の精神を傷つけた記憶が甦り、君を苦しめることもあるだろう」
 それさえも覚悟の上なら……と朱鷺目は告げ、皆まで告げずに扉を押し開いて『あなた』を招き入れた。
 建物の中から流れ出したひんやりと乾いた空気が頬を撫で、少し遅れて焚き篭められた香の匂いが鼻を刺す。
 目の前の暗闇を『あなた』は見据え、朱鷺目に続いてゆっくりと『夢見堂』に足を踏み入れる。
 この暗闇の向こうでしか『あなた』の求める『力』は手に入れられないのだ。
 
―2―
 
 外の世界では神か悪魔かと恐れられ、超人的な能力を行使する輪楔者であっても、休息は必要だ。
 学院に来たばかりの生徒は、外の世界で受けた差別や人々の敵意で心を傷つけられているものも少なくない。
 輪楔者の心のケアを重視した八十神学院は、敷地内に生徒をはじめとする輪楔者のための静養施設をつくり、八十神学院卒業生の優秀な医師や専門家たちを揃えて、輪楔者たちのメンタル面――特に『過去からの囁き』に悩まされ、精神的外傷を負っている輪楔者を対象としたセラピーを続けてきた。
「……海外のコミュニティでは1960年代から『囁き』の影響を軽減する研究はずっと行なわれていたのよ。私が此処に来る前に所属していたコミュニティでもね」
 カツカツとヒールの靴音を響かせながら『あなた』の前方を行く望月桜[もちづき・さくら]医師は、米国で最大の輪楔者コミュニティだった、セドナコミューンの出身であり、丁寧なカウンセリングとアロマセラピーの併用で、輪楔者を悩ませる『囁き』を消すことのできる特殊な技術の持ち主である。
「輪楔者の苦しみは『前世』や『古代王国』が妄想だと決め付ける外の世界の人たちには絶対にわからないわ。私の力が少しでも同胞の助けになればいいけれど……」
 望月の怜悧な横顔に、真摯なものが宿るのを目にしてふと『あなた』は此処に来る前に聞いた噂を思い出す。
 噂によれば、それはセドナの研究者が『思い出した』共通の『運命』だったそうだが、10年前にコミューンが内ゲバで崩壊した後は、セドナの数少ない「生き残り」である望月と、もうひとりにしか使えない失われた技になってしまったのだと――
 ふと廊下の真ん中で望月が立ち止まった。
 望月の視線の先では「もうひとり」のセドナの医師、枯野圭一[からの・けいいち]女生徒と談笑している。
 枯野は『あなた』と望月に気づくと、名残惜しそうな様子の女子生徒に別れを告げ、こちらに近づいてくる。
「おはよーございます、望月センセイ」
「もうお昼ですよ、枯野先生。当施設は9時始業です」
「いや、ちょっと学生寮まで往診に行ってたんですよ。不眠症に悩まされている女子生徒がいまして……」
「まさか女子寮まで添い寝しにいったんですか?」
 怒気をはらんだ望月の問いに、枯野はただ笑うのみで何も答えず、不意に話題をそらした。
「何にせよ、俺らの患者が増えるのはいいことですよ。それだけ前世よりも現世を大事にしたい輪楔者がいて、過去と訣別しようとしてるってことですから」
 それから枯野は『あなた』に向かってにっこり笑う。
「――それが可愛い女の子なら、もっとイイでしょ?」
「お昼をまわってから首筋にキスマークつけて出勤する馬鹿が口にするには相応しい頭の悪そうな台詞だこと」
 冷え切った声音に、おや? と呟いて襟を直す枯野を見て、望月は柳眉を顰めながら『あなた』に告げる。
「頭悪そうに見えるけれど、これでも腕はいいのよ?
残念ながら人間性で分別すれば最下層の部類だけれど」
「その言い方はひどいなあ。まあ、俺もマゾっ気のある患者さんには望月センセイをお勧めしてるんだけどー」
 白衣の医師たちは同時に『あなた』に顔を向ける。
「……んで、君はどっちと静養するわけ?」
「これから1ヶ月、一緒に過ごすのだから慎重にね?」
 
 さて『あなた』はどちらの医師の治療を受けるのか?
 
―3―
 
 理事長代行の相馬士郎[そうま・しろう]が学院内の情報を集めていると聞いたのは数日前のことだった。
 高齢の理事長に代わって学院の運営を指揮する代行が敷地内をふらふらと歩いている姿は『あなた』も何度か見かけたことがある。
 しかし、肩にトレンチコートを引っ掛けさせ、片手にマシンガンでも下げれば似合いそうな黒ずくめの痩身は、教育者というよりはマフィアか殺し屋といった風情だ。
 せめてサングラスだけでも外せばいいのではないかと思うが、夜間でも外しているのを見たものはいない。
 まあ、依頼者(の外見)が怪しいのが唯一のネックでバイト代もそれなりに出るようだし、多少ならば単位も融通してもらえるそうで、前期でサボりすぎた大学部の学生が多数、協力しているのだという。
「なんか探し物をしてるんだって」
 情報収集を手伝ったことのある万年金欠病の生徒は、そんなふうに教えてくれた。
「でも、相馬代行にも『それ』がどんな形をしているか分からないんで、手掛かりになりそうな情報は、端から集めたいんだって言ってたよ」
 まるきり雲をつかむような話なのだが、『あなた』はそれほど忙しくならなければ、ちょっとした暇つぶしに協力してみるのもいいかもしれないと考える。
 特に予定もなしにぼんやり時を過ごすよりは、代行と顔を繋いでおくのも悪くはあるまい。
 それに相馬代行に頼まれて手伝いをした記録があれば教師たちの受けもよくなるだろうし。
 
 
 
【シナリオ傾向など】
対応人数 上限なし
キーワード 『描写なし』『専用リアクションもなし』『軟弱な君も短期間でパワーアップだ!』『ごく稀だが弱体化も』『数値重視』『情報重視』『アクションを考える時間がないときにお勧めします』
推奨『属性』 なし
 
【選択肢】
A019600【なし】「夢見堂で瞑想する」
A019700【なし】「夢見堂で前世の記憶を取り戻す」
A019800【なし】「望月先生のもとで静養する」
A019801【なし】「枯野先生のもとで静養する」
A019900【なし】「情報収集する」
 
 
 
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