運命準備委員会 Sommerbrautは寂かに告げる
 


 
 
 
ルール解説
 
 
 
『夢路より』
安東十三 Ando, Juzo
 
 自分は眠ったはずだ。
 昼間は遺失物保管倉庫で忙しく立ちまわり、その疲れもあっていつもより早くベッドに入った……はず。
 あたりを見まわす。大きな通り。足もとは石畳で舗装されている。道の左右には太い柱で天井を支えた石造りの建物がある。テレビや本でみかけるギリシャの遺跡に似ていた。もちろんこの街は壊れてなんかいないが。
 太陽は見えない。薄暗く、風景全体の輪郭がぼんやり溶けているように感じられる。
 自分の姿を見下ろせば、昼間とまったく変わらない格好をして、しっかり靴まで履いている。
 
 夢なのだろう。
 
 自覚のある「夢」にほんの少し不思議さを覚えながら歩きだす。大きな道はあちこちで細い路地と繋がっている。路地の奥は薄暗くてよく見えない。
 
 思わず足を止めた。
 人間の形をした影が大通りを横切っている。よく見るとちゃんと色もついた普通の人である。しかし、陰の中にいるように色調が暗い。背後の景色までうっすら透けている。まるで幽霊みたいに。
 たぶん男性であろう人影は、ゆっくりと路地のひとつに入っていった。
 
*  *  *
 
 あてもなく薄明の街をさまよう。
 静かだ。
 例の人影はあの他にも何度か見かけた。大人だったり子供だったり、男だったり女だったり。道を歩いているだけの人もいれば何か探しているらしい人もいて、あるいは、泣いているんじゃないかと思う影もあった。
 人影に近づいたときは声や音が聞こえる。
 少し離れると聞こえなくなる。
 だから、この街はとても静かだ。
 
 おかしな夢。
 
 試しに建物のひとつに入ってみた。入口には頭の前後に顔のついた双面の彫像が建っている。扉がなく、そういう意味で入りやすい。 
 中央奥に大きな女性像がある。他にもさまざまな彫像があって、壁際にずらりと並んでいる。古代ギリシャ・ローマ文化なんていうと、たいていこの類の彫像が紹介されるが、まさにそんな感じ。
 他にも何かで見たような気がするのだけれど。
 所在なくひとつひとつの像を見てまわる。きれい、とは思う。作り物だからわざわざ不細工にするわけないのだが、いくらきれいでも続けて見れば飽きてくる。
 つらつら流し見していると老人の像があった。
 大きな鎌を手にしている。
 
 タブロー、っていうんだってさ。
 
 昼間の会話が脳裏によみがえる。
 遺失物保管庫でみつけた木製の画集。とても古くて、綴じている革紐はぼろぼろだった。しばらく眺めていると通りかかった女生徒が名称を教えてくれた。
 たまたま開いてみたところに描かれていたのは老人の姿。背中から翼を生やし、砂時計と大鎌を持って。
 回想を断ち切って彫像を見やる。
 昼間見た絵と似ている気がした。
 
*  *  *
 
 外は相変わらずの薄明。はっきりしない景色を見続けて負担がかかっているのか、まぶたの奥が鈍く痛む。
 目的なく歩くのにも疲れてきた。
 この夢はどうしたら動くだろう。
 普通の夢ならば、勝手に自分なり他の登場人物なりが動いて、なにがしかのストーリーを創るものだ。たとえどんなに滅茶苦茶な筋でも。
 こんな夢、早く覚めればいいのに。
 
 そこは広場らしき場所。女性がひとり、我が身を抱くようにして立っている。
「あの……」
 とりあえず話しかけてみた。なにしろ、自分以外に動くものといえばこの「人影」ばかりだ。
 女はゆっくりと首を巡らせた。
 
――息子を知りませんか――
 
 周囲の風景のようににじんだ、掴みどころのない声。遠くでエコーの効き過ぎたマイクを使うとこんなふうだろうか。
 ふと、気がついた。
 女の向こう、広場の中央に黒い靄がわだかまりはじめている。輪郭をうねらせながら、次第に色形を強めて。
 
――はぐれてしまったんです――
 
 訥々と女は話し続ける。
 その背後に巨大な犬が現れた。翼がある。力強い両翼がゆっくりと羽ばたき、犬は宙に浮いた。
 気圧され、後退る。
 広場中に咆哮が響きわたる。
 翼持つ犬がまっすぐ向かってきた。大きく開いた口にはぬめるように光を弾く牙。
 とっさに腕で顔を庇った。
 激痛。
 
――息子……アンティウス……見ませんでしたか――
 
 眼前の騒ぎなど知らぬげに、女は淡々と問いかける。
 あまりの痛みに意識がゆらいだ。
 夢なのに、どうしてこんなに痛いんだろう。
 生理的ににじんだ涙で視界がゆらいだ。
 今度は首を狙って開かれた巨大な犬の口も、ぼんやりとかすれた。
 こんな夢、早く覚めればいいのに――
 
*  *  *
 
 薄暗い天井が目に入った。見慣れた天井だ。夢ではなくて、現実の。
 
 強い痛みがはしった。
 
 茫然と腕を見る。夢で犬に噛まれた箇所には無惨な牙の痕がつき、血が流れてパジャマを汚している。
 夢だったはずなのに。
 疼く傷をタオルで押さえ、心の中で何度も繰り返す。夢なのに。夢なのに。あれは夢なのに。
 どうして。
 
 11月の遅い曙光が窓から入り込んで朝を告げた。
 
 
 
【シナリオ傾向など】
・対応人数:30人
・キーワード
『まったり地味め』『学院生活重視派は不向き』『たかが夢されど夢』『探し物は何ですか』『心残りも教えてね』『つかまえてごらんなさ〜い』
・推奨『属性』【賢明】【強靱】
 
【選択肢】
A048400【賢明】夢に迷い込む
A048401【知力】夢の手がかりを探す
 
 
 
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