運命準備委員会 Sommerbrautは寂かに告げる
 


 
 
 
ルール解説
 
 
 
『我らの任務は『お片づけ』!』
キタミ Kitami
 
 語る声は、嘘偽りなく本気だった。
「私はね、ムーもアトランティスも、レムリアも渡ってきたわ。カタカムナもね。その全ての源流は、ケルト神話に詠われる、はるか北方からエリンに来訪した極北人なのよっ。そうそう、高天原とティル・ナ・ノーグはね、ちょっとだけ距離を置いてるだけで同じ世界にあるの」
 太い黒ぶちの眼鏡をかけた女子生徒は高揚している。
 真っ黒く重苦しい髪と、ぽってりとした丸い顎がまったくもって垢抜けない印象を与える田羽樹津子[たば・きつこ]の目は真剣だった。彼女から発せられる言葉と声音は、大事なネジが一本飛んでしまったかのように明るくハイテンションで、聞く者に危機感を与える。
 場所は八十神学院の一角。暇だから、あるいはただの好奇心でその場所にやってきた生徒達は、彼女の声をBGMにして目の前に立つ教師を見やった。
「た…田羽さん? だったかな、その、今から説明をするからちょっとだけ静かにしてくれないかな。ね?」
 冴えない社会科教師、高村群次[たかむら・ぐんじ]が、樹津子の独演会をやんわりと注意する。穏やかな細い目は、どう取り扱うのが適切なのか判断つきかねる生徒を前に、ますます細められ糸と化した。
「あ、ごめんなさい。でね……」
 高村の弱腰な注意をさらっと流し、しかし樹津子の迸る情熱は止まらない。近くに居る学生に延々と語りかけている。
「……えっと、集まってくれた皆さんにこれからやる仕事の説明をします。良く聞いてくださいね」
 バレーボール選手並の長身ながら貧弱極まりない体格の高村が、薄い肩をすぼめながらも自分の職務を果たそうと努力する。八の字の眉を更に下方修正しながら、なんとか愛想良く笑った。
「先日、遺失物保管倉庫でボヤ騒ぎがあったのは知ってると思うけど、そのせいで中に収蔵された物品を、一時的に隣の体育館へ移すことになりました。皆さんにはその搬出作業をしてもらいます」
 長い歴史のある八十神学院には、それまでの生徒達が忘れていった(あるいは体よく処分するつもりで意図的に置いていった)様々な「忘れ物」がある。これらは全て「遺失物保管倉庫」という場所に所蔵されていた。
 噂では、鉛筆120万本、ノート100万冊、置き勉用に残された教科書50万冊をとも言われる物品群は通常の倉庫に入りきるはずもなく、本来は校舎として利用されるはずだった建物をまるまる占拠する形で収蔵されている。
 この倉庫は普段立ち入り禁止になっていて、生徒に限らず教師も自由に出入りすることは出来ない。そのせいか、この倉庫は実は自殺の名所だったとか、夜になると倉庫内の壁面に怪しい光の帯が浮かぶとか、運命の石に刺さった剣があって(以下略)といったような、学園の怪談的的要素から、どう考えてもただの与太話を無理やり倉庫という場所に押し込んだ噂が絶えない。
「運び出しと共に、物品の整理も行ってもらいます。大事な思い出の品が残されている可能性もあるから、とても重要な仕事ですね。……聞こえは良いですが、実際には、……あの、もう倉庫がいっぱいだからある程度在庫処分をしようって言う、単なる片付け係なので、嫌な人は無理に手伝わなくていいんですよ。いやもちろん! もちろん、皆で力をあわせてやってもらわなければ困るんだけどね……!」
 収容した「忘れ物」のあまりの多さに、いずれ校舎ごと大崩壊を起こすに違いない、とか、もういい加減パンク状態、とも言われる倉庫である。高村の「単なる片付け係」発言は極めて信憑性の高い話だった。
 また、持ち主不明の物だから持って行く、なにか掘り出し物がないかと漁りくる、といった不届き者も出るかもしれない、と苦笑いしながら高村が言う。
 原因不明のボヤ騒ぎの真相を突き止めようとやって来た探偵志願者たちは、高村からボヤの原因が単なる漏電だったと聞いて、明らかにやる気をそがれたような顔を見せている。だが、私語に勤しんでいたはずの樹津子が何故か目を輝かせて高村を見つめていた。
「ウフフフ……学園の未踏地帯とも呼ばれる遺失物保管倉庫に堂々と入れるなんて、素敵なチャンスじゃない。これも極北人の末裔、神々の継嗣であるワタクシが、手に入れるべき何かがある、という天の啓示だわっ」
「あの、田羽さん。学校に楽しい夢と希望を持つのは大変いいことだと思うんだけど、面白半分で倉庫に入ると危険……」
「誰が面白ですって!? 先生は引っ込んでて!」
 歴代の倉庫管理を担当していたのは教師だが、あまりにも膨大な数に上った忘れ物の前に、彼らは途中から倉庫を整理するという概念を放棄してしまった。おかげで現在の倉庫の中は、何気なく文庫本を一冊抜き出しただけで小規模な雪崩を起こしかねない状態である。夢に燃える樹津子のような人間が突撃して倉庫を駆け回ったら「本や傘に埋もれて遭難死(あるいは圧死)」という状況もありえないわけではない。学園の未踏地域の称号(?)はけっして名前だけではないのだ。
「きっと、ワタクシが前世の恋人と交わしたヒヒイロカネの指輪とか、いずれ現れる未来の自分に向けて書いた、ヴォイニチ手稿のような未解読の奇書が眠っているのよ……素敵素敵っ、いいわ! ワタクシ頑張ります先生!! 宿命の宝石をゲットよっ!!」
「……あのね、田羽さん。あとで先生とちょっとお話しようか。あと、何か見つけたからって勝手に私有しちゃ駄目って言ったでしょう……」
 子供のような無邪気さで声高らかに物品持ち出しを宣言する樹津子へ、高村が疲れ果てたような笑顔を向ける。そのまま悄然と項垂れて教室を後にしかけた彼は、しかし自分の仕事を思い出し、改めて集まった学生達を見渡した。
「倉庫に入るときは、僕に一声かけてください。大体放課後の作業になると思うけど、僕は倉庫隣に仮設置されたプレハブにいますから。ここは休憩所に、とも考えているので、疲れたらここで一休みしていってくださいね。……あ、そうだ。最後に」
 言伝を思い出したらしく、高村が閉じかけた口を再度開く。生徒の表情と様子を伺うように、一人一人の顔を順番に見つめる。目が合った時にちょっと笑いかけられると、嬉しそうに相好を崩したりしている。ちなみに樹津子も笑顔で見返した。彼女の言動に不安いっぱいらしい高村は、しかし口角をやや引きつらせながらも穏やかな笑みで(なんとか)応じた。
 また、以前から所在不明になっている図書館所蔵の貴重な資料が、遺失物保管倉庫に紛れ込んでいるかもしれないというので、少なくない数の図書委員たちも、整頓に参加するらしい。噂では学院出身の文学者が書いた絵本の初版本や、植物学者の肉筆スケッチが残された手帳などが行方不明になってるそうだ。
 そして遺失物保管倉庫を片付ける会(仮称)の説明会は解散となった。
 三々五々去って行く生徒たちの中には、同様に自分が日ごろ働く校舎へ戻る高村の、ため息と愚痴の入り混じった呟きを聞いたものが居たかもしれない。
「……田羽さんのような人があれこれ憶測とか妄想とかで色々喋るから、古代史研究家が胡散臭い目で見られちゃうんだよなあ……」
 悲哀の背中は放課後の夕暮れに煤けていた。
 
 
 
【シナリオ傾向など】
対応人数 〜30名
キーワード 『探索』『謎解き』『地味な作業』『たまに派手な作業?』『正しい使い方』『物品保護』『埋蔵文化財発掘』『遠くに在りて思うもの』『懐古』『虚偽と真実と事実』『良い人(?)と悪い人(?)』『謎解き・探し物に推理と考察は必需品』『一部電波』
推奨『属性』 【知力】【賢明】
 
【選択肢】
A027300【器用】「遺失物の運び出し/整理作業に専念」
※倉庫内は大雑把なカテゴリ分けしかされていません。以下のカテゴリを選んで、どういった行動をするか明記してください。
文房具(ノート類もここ)/教科書・辞書/一般書籍/学校備品(暗幕やスコップ等の用具等)/日用雑貨(お守り・ヘアバンド・CD等)/未分類品(分類不能なもの。例:牛乳雑巾、防空頭巾)
A027301【賢明】「整頓ついでに怪奇現象を調査する」
※ただ「調べる」だけでは描写されない場合があります。
A027302【なし】「整頓に参加して発見物を隠匿」
※発覚するとペナルティを与えられる可能性があります。
A027303【魅力】「整頓に参加して防犯対策に協力」
 
 
 
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