初期情報 No.Z063601         担当:上岡統 「天才と馬鹿」 ―――――――――――――――――――――――――  大阪市にある繁華街の一つ、梅田の百貨店屋上の欧風料理レストランで、ジャネット・オリヴァー[−・−]は退屈な思いをしていた。イングランド発祥の金髪碧眼の美少女には、日本発祥のファッションのゴスロリがよく似合う。しかし、その表情は冴えない。 (つまんないの。こんな所より、和風の店を予約してくれれば良かったのに)  ジャネットはスラックジャパンからセーフハウスサービス大阪支部の社員と会えと指定されてここに来たのに、相手は一向に現れない。イライラしたジャネットは予約されていたランチをあらかた片付けてしまった。 (現地で話を聞けとしか聞かされてないのに。ワタシ、どうしてスラックジャパンの社員なのに、セーフハウスサービスの仕事までしてるわけ?)  スラックジャパンは、セーフハウスサービスの母体で、世界的な展開を見せている生命保険会社スラック(SLAC=セーフ・ライフ・アシュアランス・カンパニー)グループの日本支部だ。その本部は近代の生命保険の祖イングランドにある。10代半ばで大学院修士を終えたジャネットも大霊災以前はスラックユナイテッドキングダム、通称スラックUKの社員であった。 (あーあ、どうせなら、京都とか行きたかったなぁ。かぐら[−]は、どうしているのかな。パパが死んじゃったって聞いてから、声を聞いてないな)  ジャネットは、霊子力保安管理院の官民合同会議で知り合った、宮内庁陰陽課の吉田かぐら[よしだ・−]を思った。巫女装束に身を包んだかぐらは、ジャネットにとって古き良き日本の象徴であった。 「大変遅れまして申し訳ないことをいたしました」  上の空になっていたジャネットの前に、やっとセーフハウスサービスの社員が現れた。テーブルを挟んだ向かいに姿勢良く立つ地味なスーツ姿の女性は、それなりの歳で上の立場にいる社員のようではあるが。 「遅いわ。ワタシは仕事を全てキャンセルして駆けつけたのだけれども?」  ジャネットはことさら語気を強めて、女性社員を叱咤した。ジャネットの外見は『カワイイ』と褒められるが、ビジネスには不利なのだ。 「おっしゃる通りです。心よりお詫び申し上げます」  女性は深々と頭を下げながら、名刺をテーブルの上に静かに置いた。 「アナタが祈白月女[きしろ・つくめ]サンね」  事前に名前は聞いていたが、漢字は初めて見る。 「まず座ったら。ワタシはもう食べちゃったけど」 「いえ、わたしはセーフハウスサービス大阪支部に、またすぐに戻らなければならないのです」 「ちょっとぉ! 何よそれ!」  ジャネットは声を荒げて椅子から立ち上がった。テーブルの食器が音を立てるが、気にしている場合ではない。 「しばらく彼らと行動を共にしていただいてませんでしょうか。こちらの不手際について、スラックジャパンには既に報告しております」 「彼らって、……え?」  言われれば、月女には連れがいた。若い男性2人だ。レストランの格式高い内装に似つかわしくない、馬鹿で軽薄そうな青年の2人組。その内の1人が、無造作に月女とジャネットの間に割って入った。 「なんだこれ」  青年の髪の毛は脱色した銀灰色で、ショートのようだが、うつむくとだらしなく伸ばした前髪が目立つ。 「おいおい、これはちょっと聞いてないぞ」  灰色の前髪がわさわさとジャネットの顔の前で動く。青年はジャネットの胸を両手でまさぐっていた。 「あのさー、祈白さんさー、これ」  ひとしきりジャネットの胸を触り終えた灰色頭の青年は、ジャネットを親指で指して月女に話しかける。 「オレはイギリスから来た美少女とお近づきになれるって聞いたんですけど?」 「ジャネットさんは女性のわたしから見ても、美しく魅力的な女性に見えます」 「いや、オマエ、これまな板でも仕込んでるのかってレベルだぞ、外人の美少女っつったら、もっとさぁ」  月女の言葉に抗議するように、ジャネットの胸を青年は平手で叩いた。 「成人[なると]、少し落ち着け」  相対的な問題ではあるが、まだこちらの男性の方がマシかとジャネットは期待した。軟派な印象はあるものの、さっぱりと短い黒髪に細身のニット姿だからだ。というのも、成人は(高級そうではあるが)原色に近い赤のジャケットを着て、その下からど派手な幾何学模様のシャツを覗かせているのである。これをヤクザの馬鹿息子にたとえたら、ヤクザの馬鹿息子が怒るだろう。 「落ち着こうにもコレだぞ、コレ」  成人はノックするようにジャネットの胸を叩いた。 「これはこれで認めるべきだ」  前言撤回。成人の連れの青年もやはり前に出てジャネットの胸を手によって検証しはじめた。 「オレには貧乳の魅力なんて分かんねーよ」 「ならば理解する努力をすべきで……」  ジャネットは実力行使に出た。腕を振りかぶって二度、成人と連れの青年に一度ずつ、アッパーカットを繰り出す。身長差はあったが、幸い2人とも油断しきっていたので、ジャネットが予想した以上に攻撃はヒットした。 「警察に連絡してちょうだい」  唾を人に吐きかけるような真似は絶対にしないが、ジャネットは今そうしたくなる人間の気持ちを理解した。 「犯罪者ではありません。我が社のアルバイトです」  一連のやりとりを無表情に見守っていた月女は平然と言ってのけた。 「セーフハウスサービスはいつから性犯罪者を雇うようになったの」  ジャネットの拳を食らった男性2人が、のろのろと起き上がり出す。あわよくば舌をかみ切って死んでくれたら話は早かったのだが、この手の人種に限って妙に打たれ強いのは何故なのか。 「彼らの身元は確かです。成人さんのフルネームは安岡成人[やすおか・なると]、特殊災害対策対応庁──退魔庁の安岡努[やすおか・つとむ]さんの息子です」  安岡努であればジャネットも官民合同会議でも見かけたが、俗物官僚という印象しかない。 「へーえ。安岡サンのご自慢の息子ってわけ」  ジャネットは嫌みったらしく言ったが、 「どちらかというと手を焼いているようです」  月女は真っ正直に答えた上、その内容は最悪であった。 「既にご存じかと思いますが、陰陽課を牛耳っていた吉田一族の長である鎮也[しんや]さんの急死は暗殺とも噂が立っています。霊保院会議にセーフハウスサービス代表として出席していたジャネットさんの身も危険です。ただ、あなたは《祀徒》ではありませんので」 「護衛だっての!? この馬鹿たちが!? こんな馬鹿な《祀徒》2人も引き連れるなんてイヤよ!」 「いえ、もう1人の男性は、成人さんの《祭主》、在原業平[ありわらの・なりひら]さんです」  ジャネットは今度という今度は絶句した。 「《祀徒》でないってことは、ジャネットちゃんは俺の女、じゃなかった、《祀徒》にはならんのか」  もはや地味系チャラ男としか言いようのない業平が、自身の《祀徒》である派手系チャラ男の成人に耳打ちしたが、すべてこちらに聞こえている。 「いやそうとも限らない、ってか、そーゆーのはオマエの方が詳しいだろ」 「そうなのか?」 「オマエ《祭主》じゃん」 「それもそうか。ちょっと考えるわ」  業平は考え込む素振りを見せるが、果たして彼が何を考えているのかは、ジャネットは考えたくなかった。 「成人さん、ジャネットさんから目を離さないでください。彼女はセーフハウスサービスの親会社であるスラックジャパンの社員です、失礼のないように」  今更言っても遅い上に言ったところでどうにもならないことを成人に言うと、月女は何と帰ってしまった。 「ったく、自分勝手なオバサンだぜ」 「オバサンは失礼だろ、あの歳ならまだ何とか」 「黙れ見境無しが」  後に残ったのは、この2人より人格面ではるかに優れた所のある《奸徒》と《災主》を探すのは容易であろう、最悪の《祀徒》と《祭主》のコンビであった。      ◆     ◆     ◆  2人を振り切るようにジャネットはレストランを飛び出すと、化粧室に駆け込んだ。スマートフォンを取り出し、即座にある人物に電話を掛ける。 『吉田かぐらでございます』  しっとりとした日本人女性の声を聞いて、ジャネットはホッとする。 「ハロー! かぐら! ワタシ今大阪にいるのよ!」 『ジャネットさん……!』  かぐらの声には張りがない。 「元気ないね。きっと、家にずーっといるんでしょう。ねえ、京都と大阪から一時間で行けるみたいなんだけど、かぐらの家遊びに行ってもいい?」  あの馬鹿男2人から離れる口実が欲しかった。 『泊まってくださっても結構です! 部屋が余っているので!』  なんと、かぐらは生き生きとした声でそんな嬉しいことを言ってくれた。 「ウッソォ! 良いの? じゃあ、ホテルをキャンセルしちゃう! よろしくね、かぐら!」  ジャネットはウキウキ気分で電話を切り、化粧室を出ると……。 「勝手な行動するなって! オレ、オマエの監視してないと、大学出た後の就職が掛かってるんだぞ」  成人が化粧室の前に待ち構えていた。 「祈白さんからメール来た。6時に大阪港、スラックジャパンの第3倉庫って、オマエの方が詳しいだろ」  成人はちらちらと携帯電話を振って見せた。ジャネットは唇を噛む。スラックジャパン社員としての仕事はしなければならない。 「分かった! でもちょっと京都に行く急用が入ったの! 今からなら……そうね、3時、遅くとも4時には梅田に必ず戻ってくる」 「え、ならオレも京都行くよ、だって目を離すなって」 「いや、梅田で待とう。これはお前のお仕事なんだろ、ジャネットちゃん。俺たちから逃げられるわけがない」  成人を制して前に出てきた業平だが、彼がにやりと浮かべた笑みにジャネットはぞっとした。 (ごっ……護衛に対する護衛が必要じゃない、これ!) ――――――――――――――――――――――――― ■マスターより ▼こんにちは、当シナリオのマスターを務めます上岡統です。以後よろしく。 ▼ともかく4時までに再びジャネットちゃんは梅田に降り立ちますが、成人&業平コンビを引き連れ、6時に大阪港の倉庫に行かねばなりません。が、果たして無事に辿り着けるのでしょうか。辿り着いた先も何やら不安です。港の倉庫……? ■シナリオの目安 危険度:★★ 対応人数:★ キーワード:「シリアス?」「不幸なヒロイン?」「大企業の陰謀」「出世物語」「ゴスロリ」「貧乳派」 ■関連選択肢 A063602 「ジャネットの護衛に対する護衛になる」 ※備考:ジャネットの味方をして、成人と業平とは対立することになります。ジャネットから情報を聞けるかもしれませんが、彼女は《祀徒》ではないことに注意してください。 A063603 「セーフハウスサービス大阪支社の現状を調べる」 ※備考:成人と業平の悪ふざけに付き合わされますが、性根が腐りきっていても、それなりに事情通の《祀徒》と《祭主》です。またジャネットには悪く思われます。