初期情報 No.Z043800        担当:飛見悟至 「子供の言い分 大人の気苦労」 ――――――――――――――――――――――――― 「連れ帰って土下座させるまで、他になーんにもする気、無いから」   場所は退魔庁本舎。「お役所」と呼ぶに相応しい、清潔かつ無個性な庁舎内にあって、その声はひどく場違いだった。 「ただのケンカでしょう? 向こうだって外に出て気分転換したいだけ……」 「だったらなんで2人とも出てったのよっ!!!!!」  声だけでなく、会話する人影も場違いである。  可愛らしい輪郭の顎を上にあげ、整った造作に怒りの相を浮かべた中学生くらいの少女。その剣幕に押されまくって逃げ腰になっている大柄な男性は白衣を着ていた。外見から推察される年齢、風体と衣服の組み合わせは、それぞれがどう見ても「お役所」にそぐわない。そぐわない2人がセットになっているのだから、周囲からは完全に浮いている。だが、オフィスタイムに相応しい格好をした職員達は、首を竦めてそそくさとそこから遠ざかるだけで、誰1人その光景に違和感を持ってはいなさそうだった。 「最初はわたしとマーサで言い争いしてたのに、よりにもよって弦がマーサの肩もつなんて、絶対許せない!」 「あー、ええと……まずは落ち着いて。ね? どちらか一方が絶対的に悪いって言うことは極めて稀なことだし、そうじゃ無かったとしても何か事情が」 「あいつ、私の事を『お子様扱いされたいんだろ』って鼻で笑ったんだけど!?」  激昂した少女が男性の胸ぐらを掴んだ。がっしりとした厚みのある体格の男性相手で、端から見ると掴みかかると言うより寄りかかって背伸びしているようにも見えるのだが、詰め寄られた方はますます背中を反らせる。 「『そんなガキみたいな格好になったのは、その格好ならちやほやして貰えるって思ってたからじゃないの〜? 甘えたいだけ、猫かわいがりされてお姫様気分サイコー! とかいうのを未だにひきずってんだろ、ドラゴン・プリンセス?』」  それまでのキンキンした大声から一転、明るくサバサバした声音ながらもからかいをたっぷり含んだ口調に変わる。急激な転調に、虚を突かれた男性が油断して背筋から力を抜いたその瞬間、 「とか言いやがったんだから! 外見がどうこうなんてしょうがないじゃない、ってーか自分だってそうだろうってのよ。写真残ってるのと違うのはてめーの好みか脚色だろっていうのーーーーーバカーーーーーーー!!!」  更なる怒鳴り声が彼を襲った。  全力の「バカ」という叫びにめまいを起こしつつ、それでも男性は健気であった。 「も、物まね上手いね……」 「いま関係ないでしょ!?」 「僕にバカって言われても困るけど、その、外見についてどうこう言うのは僕らにとって禁句というかどうしようもないよね。でも、だからといって子供が家出したわけではないんだし……」 「子供って言うな!」  ゴッ、と鈍い音が静かな廊下に響き渡る。  少女の頭が男性の顎を見事に突き上げていた。 「もういいっ、別にあなた以外誰も止めなかったんだし何にも悪いことなんてないんだから! 私1人で行くからついてくるな!!」  男性が顎を押さえて蹲っている間に、少女は素早く駆け出した。職員達は目を白黒させながら事の成り行きを見守るだけだ。相手のことを少しでも知っていればこそ、手を出したら想像もつかない手段でしっぺ返しをされるのではないかと思っているのだ。 「まっ……僕は君のことを子供って言ったわけじゃな………」 「子供って言うな!!!!」  蹲って動けない男性に勘違いしたままの捨て台詞を残し、少女は一目散に廊下を駆けていった。 「……ということがあってね」  退魔庁の一角にある休憩室。紙コップを両手で持ちながら神妙な顔で言う男性に、向かいに座っていた人物が呆れたように応じる。 「大騒ぎしなくても、2人の行き先自体には行かなきゃいけなくて、お前も協力してくれって言ってやりゃあ良かったのに」 「才川君はそういうけどね、言う前に顎を割られそうになって逃げられたんだ」 「鈍くさ……」  反論と言うよりも、困り果ててそれ以上言いようがないという様子に、才川理史[さいかわ・ただし]が鼻で笑う。 「確かに昔から反射神経はそこまで良くなかったなあ」 「どんだけ昔の話なんだよ、ラプラス先生よ」 「ハハハ、200年くらい『昔』だね」  髭の生えた顎を撫でている白衣の男は才川の台詞に笑い声を上げた。1827年に没し、2008年、何の巡り合わせか極東の島国に現れたピエール=シモン・ラプラス[−・−・−]は、顎の痛みも忘れたかのようにニコニコしている。 「改めて口にすると不思議だね。200年だよ、200年! とうの昔に」 「そういうの後にしろ、後」  穏やかで、ともすると「単にぼんやりしているだけでは?」と良く疑われているラプラスが、目を輝かせて語り出した。これが始まると長いと言うことを嫌と言うほど知っている才川がバンバン手を叩き中断させる。 「才川君にはロマンがないの!?」 「学者バカ、こういうときだけ元気だな」 「バカでは学者は出来ないし、バカじゃないと学者は続かないんだよ、知らないのかい?」 「どっちなんだようっせーよ、もう黙れバカ。本題!」   ばん、と机の上に一枚の紙を才川が叩きつけた。右上中程には「特殊災害対策対応庁」の文字が印字されている。 見出し:「未発見《祭壇》の調査及び周辺地域における霊子濃度と《雑霊》の活動調査」 本文:和歌山県和歌山市に未発見かつ霊子噴出量が極めて多い《祭壇》があるのではないかとの噂が出ている。これまでの同地方の調査においては特に霊子濃度の上昇や《雑霊》の活発化などは見られず、噂の信憑性は著しく低いが、万が一に備えて調査活動を決定した。  本調査は特殊災害対策対応庁職員・才川理史を主任担当とする。《祭主》ピエール=シモン・ラプラスには本件への協力を要請したい。 「退魔庁が僕の希望を覚えててくれたのが嬉しいな」 「《祭壇》の向こう側にも何らかの法則があるだろう、それを調べたい、だから出来るだけ《祭壇》と接触する機会を増やして欲しい、だっけか。ま、動機は何でも良い。《祭壇》探しに《祀徒》だけってのも心許ないし手伝ってくれるなら頼む」 「荒事があったら実体化解いてどこかに避難して、迷惑は掛けないからね!」 「…………ありがとよ」  でかかった悪態を飲み込みながら、才川がもう一度書類に目を落とす。  和歌山県和歌山市。先程ラプラスに頭突きを喰らわした少女が、今まさにここへ向かおうとしているのだ。だが、彼女がそこへ向かおうとする理由は、ごく個人的な理由からだ。この話とは全く無関係だ。  《祭主》カラミティ・ジェーン[−・−]、本名マーサ・ジェーン・カナリー[−・−・−]と少女――毛利元就の娘・五龍姫[ごりゅうひめ]は、揃って退魔庁に協力的な《祭主》であった。自分のための《祭壇》を探すとか、なにか特別な目的があるという風もなく、単なる好意と興味で彼女たちは退魔庁と関わり合いを持ち、いつでも連絡がつく体勢を取っていた。《霊験》や霊力について様々なことを把握しなければならず、今後も研究を進める必要がある組織にとって、大霊災直後から今に至るまで2人のような存在は貴重だった。  現世に蘇った2人の性格は、破天荒な姐御肌と天性の我がまま娘。一歩間違えればすぐさま爆発しそうな取り合わせに、退魔庁の人間達はどうなることかと気を揉んだのだが、周囲の心配を余所に意気投合。時折口論にはなるものの、2人の身の回りの面倒(という名の、物見遊山の付き添いやショッピングの指南とお手伝い等)を見ていた《祀徒》の女性・佐穂弦[さほ・ゆづる]が上手く彼女たちの間に入り、大きな揉め事になることはなかった。  これまでは。  それがどうしたことか、ジェーンと五龍姫がケンカをし(五龍姫の言ではあるが)常に調整役・バランサーだった弦が「ジェーンを支持した」という。しかもケンカだけでは済まず、退魔庁や五龍姫に何の断りも相談もなく、どこかへ姿をくらませてしまった。怒った五龍姫は、話は終わっていないとばかりに飛び出して追いかけに行ったばかりだ。 「ジェーンさんと弦さんはこの話、知ってたんでしょうかね?」 「噂話のレベルらしいから、逆に知っててもおかしくはないんだが……今更《祭壇》を支配下に置きたいとか? 見たり聞いたりする限り、ジェーンはそういうの興味なさそうなんだよな」 「単なる偶然かなあ。ところで、僕と才川さんは和歌山に行くわけだけど、五龍姫はどうするの?」 「ジェーンが無断でどっか行ったことに関しては、お偉いさんたちも結構戸惑っててな」  退魔庁にしてみれば、これまで積極的に協力してくれた《祭主》との関係を途切れさせるのは惜しいのだろう。きちんと事情を聞き、仮に彼女が東京に戻らなかったとしても、今後も退魔庁への協力を続けて欲しいと正式に申し入れたいらしい。文書での通達はなかったが、才川はこの件について口頭での指示を受けていた。ついでに、すっ飛んでいった五龍姫に関しても、ケンカの矛は早々に収めさせ帰還を促すようにと言われている。彼女は《霊験》を発現させていない珍しい《祭主》なのだ。ジェーンやラプラスとは毛色の違った《祭主》であるだけに、今回の一件が悪く転ぶなどして彼女との接点が消えては困ると考えているのだろう。 「ジェーンと接触しようとしたら嫌でも五龍姫とはかち合うだろ。いくら《祭主》たって1人で目標を探すより、誰かしら協力してくれた方が楽だろ。結局は合流するさ」 「そうだよね。さっきはそれを言いたかったのに……最初から喧嘩腰で行ったんじゃ話もまとまらないし、仕事で行って、他に人を挟んでやり取りすれば上手くいくと思うけどなあ」  頭突きを思い出してか、ラプラスがもう一度大事そうに自分の顎を撫でた。 「そんな大人の計算できるかよ、五龍姫に。それに、ありゃケンカがしたいんだろ」  他にも人手を借りられないか頭の中で算段を立てながら、ふと才川はすぐ近くにいる《祭主》の顔を見た。彼もまた退魔庁に極めて協力的な《祭主》の1人だ。 「……頼むから、アンタまでなんか問題起こしたりすんのやめてくれよ」 「僕が? するわけないじゃないか」  ラプラスが、心外だと言わんばかりに目を見張る。科学史に燦然と輝く名を残した偉大な科学者の目は純真である。  彼の目の輝きを見た才川は、用心しようと心に誓った。 ――――――――――――――――――――――――― ■マスターより  こんにちは。飛見悟至と申します。  5ターン目といささか遅めのシナリオ開始ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします。 ■シナリオの目安 危険度:★★★ 対応人数:★★ キーワード:「理想と本音」「科学者」「調べ物」「戦えるに越したことはない」 ■関連選択肢 A053800 「五龍姫のケンカに協力する」 ※五龍姫のケンカ完遂を支援する選択肢です。 A053801 「退魔庁の調査に協力して《祭壇》の手がかりを探す」 A053802 「退魔庁の調査に協力してジェーン探し」