初期情報 No.Z013201          担当:白石懺悔 「鷹尾学園の切札!」 ―――――――――――――――――――――――――――  兵庫県芦屋市、鷹尾山のふもと。  おざなりにコンクリートが引かれただけの、よく整備されているとは言い難い車道が、蛇行しながら山の中に続いている。車一台分の横幅しかないその道に沿って、軽く息が上がる程度の坂を上っていくと、古色蒼然たる会堂が姿を現す。  私立鷹尾学園。  地元の名家の子息たちを集めて上質な教育を施すという目的で、戦後の復興期に創立された鷹尾学園は、現在でも進学校として人気を集めており、中等部高等部合わせて700名もの生徒が在籍している。  建造されてから一度も手が加えられていないかのように見える古びた校舎は、実際には老朽化の問題が起こるたびに長寿命化の改装が施されてはいたが、構造や素材には大きな変更は加えられていない。もしも1959年の鷹尾学園の竣工式に立ち会った者が現在の鷹尾学園を見たならば、当時のままだ、と様々な感慨の入り交じったため息をもらすことだろう。  風格を感じさせる校舎のたたずまいは、生徒たちが鷹尾学園への進学を志すひとつの動機にもなっている。もっとも、学校見学の一日はお屋敷探検のようで楽しくても、あとでクーラーがないヒーターがないと騒ぎ出すのは、毎年の新入生のお約束のようなものだったが。  そういった新入生の不平不満にも見られるように、鷹尾学園の生徒も当時のままに奥ゆかしく、とはなかなかいかないようで、生徒たちの放課後はもっぱら、山を下りた駅前の、申し訳程度のショッピングビルで、買い食いやファストフード店での終わらないおしゃべりやウィンドウショッピングやカラオケに費やされる。  そんな鷹高生御用達のカラオケボックスの一室。  8名用の広々とした部屋を占有するのはふたり――いや、正確には『人間』はひとりもいないのだが。 「べいっびー、べいっびー♪ 好きだと思うのー♪」  マイクを握っているのは、鷹高の女子制服を着た少女。  幽霊とは思えないほど健康的な肌の色をしている。  赤茶色の髪は、コテを当てなくてもくるくるとまるまってしまう。雨の日は悩みのタネだったが(実体化率を下げればいいのだが)、調子のいい日はチャームポイントでもあった。 「ねっ、梓馬[あずま]、見てた? サビだけは振り付け完璧でしょ」  2コーラス目のオケが流れる中、蘆屋道満[あしや・どうまん]は、振り返って、ソファの隅でうんざりしたように頬杖をつく女性に話しかける。  女子高生の道満よりは年上に見えた。ワンピース型のスーツから覗く、つまらなさそうに組まれた足は、伸ばしたらすらりとして、色香の漂う曲線を描くだろう。 「知りませんよ。元がよくわかりませんし」 「ええー! この曲知らないなんて、梓馬、ちょっと、ゲンダイジンとしての自覚が足りないんじゃない!?」 「道満様こそ、蘆屋道満としての自覚が足りないんじゃありません? カラオケしに来てるわけじゃないんですよね」 「仕方ないじゃーん。女の子だもん☆」  呆れ顔の梓馬に、ぱちんっと可愛くウインクしてみせる。 「だもんって……道満様」  相当練習したにしても、あまりにも板に付いた女子高生ぶりっこに、生前の道満のこともよく知っている梓馬は鼻白む。このおっさん――嫉妬深くて我の強いエロオヤジが、どうしてこうなった。 「前の依頼が思ったよりも早く済んじゃったんだもん。空いた時間にくらい遊んだっていいでしょおー」  なぜか女子高生の姿で現代日本に蘇ってしまった稀代の陰陽師、蘆屋道満は、陰陽道をその身に修め、自在に使いこなすことのできる者として、天下平定や災害救助、大霊災の謎の解明に乗り出す――ことこそなかったが、あくまでも(自称カリスマ)女子高生の範疇として、周辺の学校の生徒や近所のおばちゃんなどの相談に乗ることはあった。  お悩み相談室の場所として重宝しているのが、ここ、カラオケボックスの一室。  個室でありつつ、安価で借りられて、暇な時間はカラオケも楽しめる。内緒話をしたい時は、適度に音量を下げてオケを流しておけば、外にも聞こえない。多少タバコくさいのが気になることもあったが、他の条件を考えれば許容範囲だろう。  そんなわけで道満は今日も、カラオケボックスで、相談者の訪れを待っていた。道満が、部屋に備え付けられた掛け時計を確認しようとしたその時、とんとん、と、薄いカラオケボックスのドアがノックされる音がした。  本日の訪問者だ。              * 「幽霊騒ぎ、ね」  道満は強いて明るい声を出してみたが、場の雰囲気を変えるのには失敗してしまったようだった。  道満と梓馬の前には、道満と同じ制服を着た女子高生が4人。揃いも揃って暗い顔で、ソファでうなだれている。  ――道満にとっては、怪異などなんでもない、日常的なものだ。友達とまでは言わないが、知り合い程度ではあるような気がする。むしろ同属だという見方もできる。道満の力を持ってしても祓うのが難しい怪異はいるが、それにしても、対応さえ間違わなければ、ただちに死や重大な喪失に直結するものではない。  けれど、力を持たない普通の女子高生である彼女たちの不安、怯え、恐怖も、わかる。それは、生前から道満が、対立する敵のみならず、雇い主や身内にまで向けられてきた感情だった。 (わけのわからないものは、こわいわよね)  身を守る術を持たない者が、力を持つ者に対して、怯えを持つのは、仕方ないことだ。  それは道満も納得している。 「整理させてもらっていい?」  道満は、ラインストーンでデコデコにデコられた手帳を広げると、学友から聞いた話を箇条書きにした。 ・柳田國男σ肖イ象画ヵゞ笑ぅ ・女孑寮σ地レニ続<開ヵゝ£〃σ扉 ・授業中レニ教室を走レ)回ゑ孑供 ・三階σ├ィレσ窓ヵゝら人影ヵゞ覗< ・ぉ札ε見世τмаゎゑ違ぅ学校σ制服を着T=少女 ・調王里実習室レニ、体中縫レヽ跡T=〃らレナσ男σ人 ・火尭却炉σ中レニ和服σ男σ人ヵゞ押U込めらяёτレヽゑ ・女孑寮σ食堂ヵゝら赤ちゃωσ泣(≠声ヵゞ£ゑ ・ゐらレヽ放送 ・踊レ)場σ鏡σ前レニ立⊃`⊂生徒ヵゞ増ぇゑ ・階段σ段数ヵゞ増ぇゑ ・合宿中レニゃッτ<ゑ院長先生σ回診 「道満様、ギャル文字読めません」 「うっさい。覚えなさい。当世風流文字よ」 「そこまでベタベタなギャル文字は、もう現役生は使っていないのでは?」 「う・る・さ・いー!」  しね、とかは言わない。道満が、使役する式神に死ねなどと言ったら、言霊としての性質を帯びてしまう。  ジト目の梓馬から見えない位置まで手帳を移動させて(ちょっとしたいじわるだ)、道満は、改めて手帳の内容を眺め渡した。 「……多くない?」 「友達から聞いた話もあるから、全部確証が取れてるわけじゃないの。でも、多すぎる、と思う」 「女子寮……っていうか、女子合宿棟での被害が多いみたいだけど、男子合宿棟でも同じようなことが起こってるのかな」 「うーん……男子にも一応聞いたけど、女子寮ほどには、怪奇現象は起こってないって感じだった。女子のほうが噂にしやすい……っていうのは、あるかもだけど」 「なるほど……」 「私たちはすごく困ってるんだけど、個々の心霊現象の被害は大きくないし、勘違いって言われたらそれまでの現象も多いから、警察に駆け込んでもすぐには対応してもらえない」 「それで、あたしにどうしてほしいって?」 「私たちを助けて。普通の鷹高に戻してほしい」 「……普通のねえ」  蘆屋道満が女子高生として学級に加わっている学校が、普通なのかどうかはともかくとして。 「いいけど、あたしは高いわよ。ちょっと手間がかかりそうな依頼の時は特に」 「お金取るの!?」 「当たり前よ」 「と、友達じゃん!?」 「だからこそよ。あたしは、ちゃんとした取引が発生してる案件の時には、手を抜いたりしない。約束するわ」 「う、うん……」  いつになく落ち着いた、真剣な道満の口調に、気圧されたように少女は頷く。  道満は、その様子に満足したように、ニヤリと口元を歪めた。 「さあ、わかったら、下の喫茶店『倶流里』の完熟ピーチパフェ一人前、出前でここまで持ってきてもらって。出前制度があってほんとによかったわよ。オケボの食べ物なんてくだらなすぎて食べてらんないっての。ほら、早くしなさい。それが今回の依頼料よ。食べながら続きの話を聞くわ」              *  制服の少女たちが、最後にもう一度頭を下げて出て行ってしまうと、8人用のカラオケルームは、また元のだだっ広い空間に戻った。  フロアに流れる流行曲が、防音壁に隔てられた部屋にも、かすかに聞こえてきていた。 「他愛もない《雑霊》、道満様の手を煩わせるほどのものでもありませんね。……って、聞いてます? 道満様」 「うーん、ちょっと待ってー」  道満は、手元のスマートフォンをすいすいと操作しながら、梓馬に生返事を返す。 「人と話してる時に携帯なんて……そんなところまで現在ナイズされてしまったんですね」 「ううー……できたっ!」 「できたって、なにがです?」 「SNSの更新。ツブヤイッターとフェイマスブックとGogoes+とmix−me。今は誰もが使ってる決め手のSNSがない時代だから、複数SNSに一斉に投稿しなきゃいけなくて不便よね。まあ、ツブヤイッターとフェイマスブックとmix−meは同期させてるから面倒でもないけど」 「えすえぬえす……!?!?」 「梓馬もやれば? 式神友達できるかもよ。そしたら認証のために端末買ったげる」 「や、やりません!」 「なんで怒るの〜?」  不満そうに唇をとがらせるが、端末を操作して、表示画面を梓馬に見せる頃には、ころっと忘れて機嫌を直している。 「ほら、これ書き込んでたんだよ」  梓馬はスマートフォンの画面に顔を近づける。 ☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・☆.。.:* 【急募】《祀徒》乂冫レま〃Uゅ→☆ 《祀徒》σ人`⊂ヵゝ、最近暇Uτゑ?? 兵庫県芦屋市σ禾ム立鷹尾学園τ〃、除霊?的Tょ⊇`⊂Uτ<яёゑ人探UτゑωT=〃★協力求£ヽヾ(*´∀`*)ノ待ッτゑ∋〜! ☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・☆.。.:* 「ギャル文字全然読めません」 「梓馬が読もうとしてないからよ! 気持ちがあれば言葉なんて伝わるもんなの!」 「『急募』ってあるところを見ると、なにかの募集文面であると思われますが、応募減っても知りませんよ」 「むう〜〜〜!」  道満はぷくっとふくれるが、応募が減るのは困る。その場でしゅるしゅるとスマホを操作して書き込みを編集し直す。 「ほら、これならいいでしょ!」 「見ます」 ☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・☆.。.:* 【急募】《祀徒》メンぼしゅー☆ 《祀徒》の人とか、最近暇してる?? 兵庫県芦屋市の私立鷹尾学園で、除霊?的なことしてくれる人探してるんだ。協力求むヾ(*´∀`*)ノ待ってるよ〜! ☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・☆.。.:* 「……今度は読めましたけど」 「なによ、またなんか文句あんの?」 「《雑霊》騒ぎなんて、ご自分で解決したほうが早いんじゃないですか? ちゃっちゃと祓えるレベルですよね」 「ふふん、梓馬にも、あたしの深遠な計画は読み切れなかったみたいね。あたしはあたしの真の目的のために、優秀な《祀徒》を集めたいのよ。幽霊騒ぎも解決できて、人材も発掘できる。まさに一挙両得よ!」  道満の真の目的、それはもちろん、打倒晴明のために力を貸してくれる仲間を探すことだった。 「ふーん……そううまくいくでしょうか」 「うまくいくかどうかは、やってみないとわかんないでしょ! とにかく、この方針で行きます!」 「まあ、止めないですけど」 「たとえ止められても、やめないけどねー」  道満は、両手を腰に当てて、ふふんっと鼻を鳴らした。 「……あ、そういえば、念のために募集文に追記しとこ。えっと……『先生にはナイショの捜査になると思うから、女子寮を調べる時は気を遣いなさいよね。基本的に、男子禁制! だけど、先生にバレなきゃなんでもかまわないわ』っと」 ――――――――――――――――――――――――――― ■マスターより  皆様はじめまして! 白石懺悔と申します。  マスター経験はほんのちょっとだけありますが、ほとんど初心者です。お手柔らかにお願いできればと思います。 ■シナリオの目安 危険度:★★ 対応人数:★★★ キーワード:「学校の怪談」「学園もの」「退魔もの?」「(途中で学園ものじゃなくっても怒らないでね!)」「みんなでわいわい」「判定:緩め」 ■関連行動選択肢 A023200 「鷹尾学園の怪異について調べる」 A023201 「鷹尾学園の怪異について特に女子寮を調べる」 ――――――――――――――――――――――――――― 個人としてゲームを楽しむための交流の範囲を越えない場合に限り、この「初期情報」の複製、サイトへの転載を許可します。著作権等の扱いについては、公式サイト(http://else-mailgame.com/gddd/)を参照ください。 copyright 2012-2013 ELSEWARE, Ltd. ―――――――――――――――――――――――――――