初期情報 No.Z003100          担当:藤城柊二 「聖女か、魔女か、少女か」 ―――――――――――――――――――――――――――  中世暗黒時代の終末期、地獄がこの上なく地上に近づき、悪党だけが嗤い、力こそ正義とされる時代に、彼女は暗雲を貫く一条の雷であった。  学問もなければ、読み書きもできず、貧しい村の生まれの少女が、負け続きの祖国の、時代遅れの軍備の、絶望に打ちひしがれた国民をひきいて、最新の軍備と戦術で連勝する侵略者の怒涛の大軍に――勝利したのだ。  そして処刑された。彼女は暗雲を貫く一条の雷であった。あの暗い時代にはまぶしすぎた。  彼女が聖女だったのか、それとも魔女だったのか、主と天使と諸聖人の声に命じられたのか、それとも異教の神と森の妖精にたぶらかされただけなのか、今もって真相は分からない――今やジャンヌ・ダルク[−・−]その人にも分からない。      ◆     ◆     ◆  ところは会津若松、飯森山。  篠つく夏の雨が深緑の樹林をふるわせるなか、竜胆の花の色のドレスを身にまとう異国の少女が、ひと粒の雨にも濡れず、たたずんでいる。  彼女の肩に乗る旗棒と、異様に大きな日章旗だけが雨露に濡れて、ぐっしょりとたれさがっていた。  少女が眼下に見はるかすは、驟雨にけぶる古風な町並み、そして黒い瓦の若松城。  その後ろには、戊辰戦争で自刃した少年武士たち、白虎隊の墓が並んでいる。  少年たちは敗北することで祖国を救い、この少女は勝利することで祖国を救った。そして理不尽な死が、両者の名を等しく歴史に刻んだ。  ジャンヌ・ダルク。救国の聖女。オルレアンの乙女。魔女として処刑され、聖女として死後に列聖された、歴史上極めて希有な人間。 「こんなところにおられたのですか、ジャンヌさま!」  小太りの小男が、石階段から上がってきた。  その男は、ジャンヌと同じフランス人で、ジャンヌと同じ《祭主》だった。  彼のかぶっている帽子は、山形帽や二角帽子などと呼ばれるものだが、有名な絵画のイメージが先行しすぎて、今では『ナポレオン帽』という呼び方が主流になってしまっている。 「いやあ、探しましたぞ。ジャンヌさま。雨のなかたたずむお姿もお美しいですな! さすが神に選ばれし――」 「――周辺の《雑霊》掃討は終わりましたか。ナポレオンどの」 「もちろんですとも!」  ナポレオン帽をかぶったナポレオン・ボナパルト[−・−]が、満面の笑みで答えた。 「昨夜のジャンヌさまのご活躍でアイヅ、いや、フクシマ県全域の《雑霊》の大半を主の身許に送ることができました。いや、まったく、余の《祀徒》までがジャンヌさまの采配に合わせて鬨の声をあげる始末でしてな。先陣に立って、退魔の戦士《祀徒》らを導き、邪霊の群れ《雑霊》をば、聖なる威光で討ち祓う。その威容はまさに聖女というほか――」 「――ナポレオンどの」ジャンヌは口をはさんだ。「人に仇なす《雑霊》はほんとうにこの地から退散したのですね」 「ええ、まあ……」小男は口を濁した。「もっとも、弱すぎて目立たないのや、後から湧いてくるのまでは責任は持てませんが」  ジャンヌは眉をひそめた。 「だとすれば、我々はこのまま続けてワカマツ城に駐屯し、この地の霊災復興に尽力すべきではありませぬか。この地方は大霊災でひどく被害を受けた土地のひとつだと聞いております」 「ジャンヌさまのおっしゃるとおり! ……なのですが、それでは我々の勢力の霊力供給に不安が残ります。弱小の《雑霊》を狩っても、さして霊力が入らんですからな。おまけに、ここらの《祭壇》はそれほど強力なものでもないのです。ですから、我々は今すぐにでも北上し、シラカミ山地の強力な《祭壇》を手に入れねばならんのです」 「困窮する民をおいて?」 「いやいや、ジャンヌさま。北トーホクにも悩める民はおりますぞ。我らはこの国全体を救う義務があるのです。そして、それができるのはジャンヌさまだけなのです!」 「ほかにも《祭主》はおりましょう」 「確かにおりますな。地獄で発酵させた私利私欲を地上で満たそうとする強欲の徒が。余が思いますに、ジャンヌさま、この国を救わんと純粋な気持ちから動いている《祭主》は我々だけですぞ。ほかの《祭主》にシラカミの《祭壇》を先に取られてしまったら、我が軍の弱体化は必定。あの魔王ノブナガとやらにでも先を越されたら、最悪の事態になりましょう。さすればいったい誰がこの国の民を救うのです。ジャンヌさま、どうか、ご英断を」  少女は思案した。このナポレオンとかいう小男は――ジャンヌの死後にフランスを救い、そして破壊した男は――人たらしの才と弁舌で有名だ。しかし戦略の天才でもある。彼の言っていることは事実だろう。ジャンヌ率いるフランス外人旅団レギオン・エトランジェは、現代のフランス外国人部隊の模倣である。今のところは日本人の《祀徒》と、ふたりのフランス人《祭主》からなる組織だが、いずれ外国人の《祭主》を招き、戦力を増強する機会もあろう。だが、その前にシラカミ山地の《祭壇》を別勢力の《祭主》に奪われれば、自軍の相対的弱体化は否めない。  自分以外の《祭主》――ナポレオンを含む――は前世の未練があまりにも強く、民衆救済の事業は、ほんのついでに(あるいは結果的に)行っているに過ぎない。なかには人を助けようとしている《祭主》もいるとは聞くが、いかんせんトーホクの地からは遠すぎる。 「わかりました。ナポレオンどの。ですが、まずは斥候を送るのが先です。私の《祀徒》から選抜いたしましょう」 「では、余も行きますぞ! 《祭主》が2人おれば、シラカミが辺獄の如き有様であろうと、いくらでも対処できましょう。志願者がそろい次第、出発いたしましょう。事は早いほうがいいですからな」  ジャンヌはすっと目蓋を下した。  ほんの2、3分の会話で、進軍の場所と計画を決められたわけだ。それに、シラカミと言えば、人里離れた大樹海という話ではないか。そんな土地を掌握して《雑霊》を狩ったところで、いったい何人の『北トーホクの迷える民』を救えるというのか。  だが――、 「わかりました。準備が整い次第、私と貴方、そして各々の選抜《祀徒》でシラカミを調べにまいりましょう」 「おお、ありがたい! それでは早速準備をいたします。斥候が無事にすみ次第、我らフランス外人旅団レギオン・エトランジェは白き神の地に進軍いたしましょう」 「白き神の地?」ジャンヌは聞き返した。 「いや、この国の言葉で『シラカミ』というのは、『白い神』と書くんだそうで。ちょっとした言葉遊びでした。はは、申し訳ない。異国の魔境を『白きキリスト』になぞられるのは、涜神の行いでしたな」  ナポレオンは、バツが悪そうに笑い、よろけるように退いた。 「おっと、重ね重ね申し訳ない。我が愛しの《祀徒》たちからお呼びがかかった。なぁに、どうせ進軍の催促でありましょう。やれやれ、猪武者どもめ。吉報を伝えてやりに行きますわい。では、失敬!」  ナポレオンが消えると、その空間を埋めるように大気と驟雨が流れ込み、つかのま雨音を強くした。  あの男は生前の戦友たちに似ている――ジャンヌはそう思った。  元帥ジル・ド・レのようにジャンヌを崇拝し、傭兵隊長ラ・イールのようにジャンヌを補佐し、そしてどことなく――ジャンヌに救われ、ジャンヌを見捨てた――シャルル7世にも似ている。      ◆     ◆     ◆  夜、雨は小雨に変わったが、暗雲は晴れず、会津若松の地を陰鬱におおっている。  若松城で、会議と軍議と、《祀徒》達への激励と演説を終えたあと、ジャンヌはふたたび飯森山に登り、白虎隊の墓に参っていた。  ジャンヌには苦悩があり、打ち明ける相手がいなかった。  同じフランス人で、同じ《祭主》であるナポレオンより、異国の少年騎士たちの墓のほうが気心を許せたのである。 御旗の色模様は違いこそすれ、御旗の下に集い、御旗のために戦い、そして御旗に裏切られ、死したのである。 「あなたがたは何のために戦ったのです?」  乙女の声がさやかに響く。  墓石が答えるはずもなく、風が答えるはずもなく、雨が答えるはずもない。 「主のお声が聞こえないのです。この極東の島国に二度めの生を受けてから、主のお声が聞こえないのです」  日本の夏のけだるい夜気が、うつせみの少女のそばを通りすぎる。 「天使さまのお声も、八百万の聖人さまのお声も聞こえないのです。生前、人々は私を魔女と呼び、主のお声は『森の妖精』の声だと言いました。いま、主のお声が聞こえないのは、フランスから遠すぎるからでしょうか? しかし、神は天地を統べるお方です。極東の島国とて、お声がとどかぬはずもありません。ですが、もし、森の妖精の声に過ぎぬとしたら……」  そのとき、暗雲を貫き一条の雷が天を裂いた。  雷は、しかし墜ちず、天の一点にとどまり、やがて堕天するものにしては奇妙なまでにゆっくりと、流れ星のように流れはじめた。  まるで、東方の三博士をキリスト生誕の地に導いた『ベツレヘムの星』のように……。  流れ星が落ちた場所に行くと、光り輝く隕石が落ちていた。鏡の欠片のようにきらめいている。  ジャンヌは、言いようもない衝動に駆られて、その鏡をとった。  そのとき、ジャンヌの脳裏に『声』が響いた  ――《祭壇》を封じよ!      ◆     ◆     ◆  その『鏡』は金属とも石ともつかぬ滑らかな物質で作られており、奇怪な紋様が縁で途切れていることから、どこかで砕けて『欠片』になったものの一部と思われた。  天から降ってきたとはいえ、必ずしも神の恩寵に満ちた光明圏から下ってきたものとは限らず、得体の知れぬ宇宙の大暗黒から堕ちてきたものかも知れぬ。  なんにせよ、ジャンヌはその『鏡の欠片』を手にして『声』を取り戻した。  彼女はシラカミ偵察隊に志願した信頼のおける《祀徒》たちだけに事実を打ち明けようと決めた。  果たして『声』は神の声か、それとも異教の邪神のささやきか――今はジャンヌ・ダルクにも分からない。 ――――――――――――――――――――――――――― ■マスターより    初めまして。藤城柊二と申します。  本シナリオはジャンヌ・ダルクを中心にして巡る受難と探究の旅です。  参加PCは、乙女に仕える騎士として振る舞っていただけるとさいわいです。  ただし、彼女の時代の騎士は、彼女を救えませんでした。騎士とは言えぬ行いも必要になるかもしれません。  それではこれから1年間よろしくお願い申し上げます。  あ、それと、ナポレオン好きの方はごめんなさい。 ■シナリオの目安 危険度:★★★ 対応人数:★★★ キーワード:「信仰」、「忠誠」、「探求」、「受難」、「聖女と魔王」、「騎士道物語」 ■関連選択肢 A013100 「シラカミ偵察隊に志願する」 ――――――――――――――――――――――――――― 個人としてゲームを楽しむための交流の範囲を越えない場合に限り、この「初期情報」の複製、サイトへの転載を許可します。著作権等の扱いについては、公式サイト(http://else-mailgame.com/gddd/)を参照ください。 copyright 2012-2013 ELSEWARE, Ltd. ―――――――――――――――――――――――――――