初期情報 No.Z002201           担当:河瀬圭 「リバーシ」 ―――――――――――――――――――――――――――  車掌がすぐの発車を告げ、乗降客を急かしていた。  前の客に続いて列車を降りると生温かい外気が肌をなで、肌に汗がにじむ。発車ベルの後ドアが閉まり、走り出した列車の風圧でスカートが揺れた。今の時期にしては暑い日だった。  羽田ゆかり[はた・−]は今、岡山にいる。  スーツを選んだのは仕事の話だということを主張するためだ。それは体格にこそ合っていたが、しかし似合っているとは言い難かった。  まだまだ制服が似合いそうな丸顔と程良く脂肪のついた体型は高校生くらいにも見えた。  だだっ広い印象の駅舎を颯爽と通り過ぎ、タクシー乗り場へと向かう。目的地はここからさらに行ったところの海沿いの小さな町だ。  岡山県牛窓。自称、日本のエーゲ海。そこに目的の《祭主》レオニダス[−]がいる。  昼頃までヨット教室の手伝いをしている、もしまだ終わっていなければクラブハウスで待っていてくれというのがレオニダスの返事だった。  羽田が現地に到着したのは予定時間より少し早く、仕方ないのでクラブハウスでぼんやりと座ってレオニダスの登場を待つことにした。  しかし、なぜ彼はこんなところで日々のんびりやっているのか、不思議だった。  クラブハウスの窓からは燦々と太陽に照らされる穏やかな海と港に係留されたヨットが見える。  何もしないことを楽しむにはいいかもしれない、と思ったころにガヤガヤと外が騒がしくなった。ヨット教室が終わったのだろう。そして人の輪の中にひときわ目立つ男が一人居た。  派手なアロハシャツに、太い丸太のような二の腕。レオニダスだ。  彼もこちらを認めたのだろう、驚いた顔で向かいの椅子に腰かける。 「羽田ゆかりさん?」 「はい」 「こんなお嬢ちゃんとは予想してなかった」  微笑んで握手を求めれば、倍くらい大きく分厚い手で握り返された。 「よろしく」 「よろしく」  友好的に握手から始まった会談だったが、お互いの主張は平行線を辿った。  羽田ゆかりの言い分はこうだった。 「力のある《祭主》ならば、こんな片田舎から天下を狙うのではなく中央に打って出るべきじゃない?」  一方レオニダスの言い分はこうだった。 「片田舎だろうが人々の生活はある。《祭主》がいなけりゃ手が回らんところはまだまだあるぜ。というわけで無駄足御苦労さん」  ま、それに。とレオニダスが言葉を継ぐ。 「海を行くなら、割といい足がかりになるんだな、これが」  レオニダスはこれまた太い指で窓の外を指差した。その窓の外では穏やかに凪ぐ瀬戸内海が青く光っている。  瀬戸内海周辺の地図を頭の中で思い浮かべ、その意図を理解した。海を渡って四国、あるいは九州に進出すれば、割合広範囲に勢力を伸ばせるということか。  だがそれにしてもである。 「それにしたって何故この場所に?」  ともかく勝負にこだわるのがレオニダスという《祭主》で、その彼が何の変哲もない田舎にいるのが羽田には納得できない。理由を尋ねた羽田にレオニダスはあっさり答えた。 「ああ、それは住民票作ってくれたから」 「え、本当?」 「住民票作りますからこちらに移住しませんか?って。一番最初に声かけてくれたしな。ガハハハ」 「いまどき迷子のアザラシにだって住民票発行してくれるわよ……」 「……マジ?」 「うん」  レオニダスはアザラシに住民票が発行された図を想像しようとして失敗した。 「……そのアザラシ、どうなったんだ?」 「死んだわ。多分ね」  迷子のアザラシの運命に心を痛める……のも大概にしたくなったタイミングで2人とも話を元に戻す。  机の上の印刷物がそれだった。AGAT(Anti‐Ghost Assault Team)からの依頼、連続窃盗事件の捜査チームの人員募集要項である。 「これに参加してくれって言われてもなあ」  レオニダスは乗り気でない顔で印刷物に目を通す。 「俺は単純な勝負が好きなんであって、こういう面倒くさい話は苦手なんだよなあ」  概要は連続窃盗事件の調査にあたる人員の募集である。身分は問わず。《祀徒》なら誰でもよし。 「それに俺は《祭主》であって《祀徒》じゃないしよ」 「《祀徒》が大丈夫なら《祭主》だって大丈夫よ。AGATの担当者がどうしようもなくガチガチの石頭じゃなければね。まあ確かに組織の傾向としてAGATは《祭主》に頼りたがらないところがあるけど、別に《祭主》を敵視している訳じゃないから、あなたが参加するって聞いたら歓迎する筈よ」  羽田の言葉を聞き流しながらレオニダスはさらに文面に目を通す。  連続窃盗事件。皆無に等しい目撃証言。物品専門、現金には目もくれない。 「うーん、やっぱりこれは俺の専門外だな。腕力で解決するようなことならまだしも、これは俺が居ても仕方ないだろ」  レオニダスは両手をあげる。無理、と言いたげなジェスチャーだった。 「じゃ、お疲れさん。気をつけて帰れよ、タクシー呼ぶか?」 「待って」  話は終わりとタクシーを呼ぼうとしたレオニダスに、右ひじを机について腕相撲を挑む姿勢で羽田は食い下がった。 「例えば私が勝負に勝てば、あなた私の頼みを聞いてくれる?」 「なるほどそうきたか」  レオニダスはにやりと笑う。 「勝負なら受けて立つ。条件は勝った方の頼みを聞く、でいいな」  羽田の手と、それと比べれば倍はあるレオニダスの手とをがっちりと組み合わせ、さあ準備OKかと思いきや、その上からストップをかけるように羽田の左手がのせられた。 「腕相撲で勝負、とは言ってないわ」  そう言われてレオニダスは思わず右手を離した。 「勝負はこれよ」  自由になった手で羽田はカバンの中身を探り、出してきたのはリバーシのゲーム盤だった。 「もちろん、受けてくれるわよね?」  はめられたとレオニダスも分かる。  だがあえて乗ることにしたのはそこまで必死になる彼女に興味が湧いたともいえるし、後腐れなく追い払うには勝つしかないと思ったからともいえる。  そしてこれが最大の理由だが、勝負を挑まれたらそれがたとえどんな勝負であろうとも受けて立つのが《祭主》レオニダスであった。 「……二言は無い、受けて立つ」 「ルールは分かる?」 「大体」  中央に黒がふたつ、白がふたつ、クロスした状態でセットされる。さらに追加して白石が隅に2つ置かれた。 「石、2つ置いていいわ」 「そうさせてもらう」  黒と白が翻る、8×8のゲーム盤は用意された。  先手は黒の羽田ゆかり、後手は白のレオニダスだ。  だが石を握った羽田の手が止まっている。 「どんな手を使っても欲しいものがあるというのなら全力で掴み取れ。一瞬たりとも気を抜くな」  躊躇っているかのように、あるいは自分が仕掛けたことに後ろめたさを感じているのか、一手目を指せない彼女にレオニダスはそう告げた。  どんな勝負であれ、それが楽しくて仕方ないのがレオニダスだった。  数時間後、東京行きの新幹線に乗車している羽田ゆかりとレオニダスの姿があった。 ――――――――――――――――――――――――――― ■マスターより ・今回マスターとして参加しております、河瀬圭と申します。御縁があればよろしくお願いします。 ・事件の調査方針はZ002200で書いたものと同じく、盗品の流通ルート解明、監視カメラ映像の解析による容疑者絞り込みですが、こちらはよりNPCと関わりたい方が選んでください。 ■シナリオの目安 危険度:★★★ 対応人数:★★ キーワード:「協力」「軽い」「相性の悪いNPCたち」「レオニダスとあそぼう」 ■関連選択肢 A012201 「レオニダスらと共に連続窃盗事件を調査する」 ※備考:窃盗事件の調査もしつつ、それ以上にNPCとも遊びたい方向けの選択肢です。 どなたでも参加できます。 ――――――――――――――――――――――――――― 個人としてゲームを楽しむための交流の範囲を越えない場合に限り、この「初期情報」の複製、サイトへの転載を許可します。著作権等の扱いについては、公式サイト(http://else-mailgame.com/gddd/)を参照ください。 copyright 2012-2013 ELSEWARE, Ltd. ―――――――――――――――――――――――――――