初期情報 No.Z001801       担当:こしみずアカリ 「少しは頑張れそうな《祀徒》と              使い勝手が微妙な《霊験》」 ―――――――――――――――――――――――――――  ペールに突っ込んだスコップを柄付きのブラシで丁寧に洗う……。なかの水はすぐさま泥水となってしまいますが、屋外で作業する道具を洗うだけなら多少は汚くても問題ありません。 「よしっ、あとは流してと……」  六郷悠理[ろくごう・ゆうり]はひと抱えもある水色のペールをゆっくりと横倒しにして、辺りの木々の根に用済みの水を巻いています。  スコップは振って水を切ればよし。  ペールは湖に運び、ザブザブとゆすげばよし。  こうして悠理の“本日の作業”は終わったのでした。  日が明らかに長くなりつつある夏前。もうひと頑張りも可能ですが、今日はこれくらいにしようと彼女は長い息を吐きました。  首もとのタオルで汗をぬぐい、かたわらの建物をなんの気なしに見上げます。  それは住居にして2階ほどの高さがあるひとつの倉庫でした。倉庫の壁には泥とも土ともいえる汚れがこびりついており、ところによっては白く、または黒く、濃淡が入り混じっています。  この倉庫、じつはつい最近まで地中に埋まっていたものなのです。初めて悠理がそれを見つけたときは、屋根から下50センチくらいが、ようやく地表に出ていただけでした。  そこから下は全部、遥かに土のなか深く。  悠理は空き家と貸した民家からスコップを借り、ひとりでこれを掘り出し始めました。もちろん先程のペールやブラシも借り物です。  彼女の契約相手たる《祭主》の助力は、その《霊験》の特徴ゆえ、とてもではないが得られません。  いや、彼の性格の方が問題でしょうか……。  来る日も来る日も、悠理は側壁に沿った土を掘り出し、運び、汚れを落とし、そしてようやく、倉庫の全貌をあらわにさせたのでした。  とはいえ、まだ完全には倉庫を地中から引きずり出したとは言い難く、どうにか扉が開けられるだけのスペースを確保できたに過ぎません。  でも、これで作業を終了させたとしても、実質的には不都合も無いようです。  肝心の倉庫は、扉にも鍵がかかっていないようでした。  悠理は軽く屈伸運動を行ない、意を決して、ノブに手を掛けました。 「誰も、いないよね……」  倉庫のなかの空気は、大きく呼吸するのをためらわれるような重だるさがありました。  上部の換気窓は生きているみたいで、扉を開放したこともあって採光は充分です。あとはこの空気が抜けてくれることを待つだけでしょう。 「これはスコップ……。こっちは、タイヤ?」  やや雑然と積まれた品々を、悠理は慌しげにチェックしていきます。それは勝手の知らない、人様の建屋に入り込んでいるというやましさから来た焦りでしょうか。  ひとつひとつの品揃えが明らかになるにつれ、悠理はここがただの物置ではないかと思えてきました。  なかに収まっていたものは――、  ノコギリ、ノミ、ヤスリ、錐(キリ)、ねじ回し、釘、木ねじ、電動式のチェンソー、スコップ、タイヤ、ホース、シャベル、ネコ車、高圧洗浄機。  そして携行缶に入れられたガソリンだったからです。  数々の工具、用具、機械類を、調べるまえと同じように整頓し、悠理は倉庫を出ました。  これと同じような倉庫があとふたつあるのですが、そちらはまだ完全に、土中に埋まったままです。  なかが気にはなるとはいえ、このひとつを掘り出すだけでもどれほどの作業が必要だったかを思い出せば、気は遠くなるばかりです。  いっそのこと重機を持ち込めたらとさえ企んだこともあります。しかし、周囲の道路状況が悪く、車は入り込めません。  おそらく大霊災以降の地形変化が、これらの倉庫を孤立させてしまったのでしょう。もっとも、孤立どころか土のなかに埋まっているのですが。 (私ひとりで一ヶ月かかったよね……。夏は暑いからなぁ……。秋から続きやろうかな)  そんな当て所も無い先々のことを、おでこに浮かぶ粒状の汗を拭いぬぐい、彼女は想像するのでした。  と、その時です。 「……なんだろ」  たしかに人のような声が聞こえました。悠理はピタリと動きを止めて、聴覚の全意識を周囲に配ります。  少なくとも、今まで内部を調べていたわけですから、声の発生源は倉庫のなかではないはずです。  では、その声の主は、いったいどこにいるのか。  悠理はきびきびとした動きで、木々がまばらに伸びる上空を見渡しました。  ぼんやりと左腕が光り出します。  そして倉庫の屋根を見定め、とても小さな声で、ある言葉を呟きました。 「『モーダス・ポネンス』」  ふわり。  彼女の頭上に、ひとつの円盤が現れました。  円盤は大きさにしてマンホールの蓋ほど。頑丈そうですが、どこか頼りなげに浮いています。  悠理はその円盤に、かがみ込むやいなや跳び乗りました。円盤は消えることなく、空中の足場として悠理を支えています。  そしてまたひとつ、同じ形の円盤が悠理の斜め上に現れました。ためらうことなく、彼女はそのもうひとつの足場へと跳び移ります。  ふたつの足場が空中にありさえすれば、地面から倉庫のうえへと移ることなど、いとも簡単でした。  二階高さのその屋根に立ち、広大で、開けた視界を手に入れた悠理。ふたつの足場は、いつの間にか消え去っています。  これが、《祭主》アリストテレス[−]と契約することによって彼女が得たもうひとつの《霊験》、『モーダス・ポネンス』です。  空中にふたつの足場を出すだけの《霊験》という説明を初めて主(あるじ)から聞いた際、悠理は心底、微妙な《祭主》と契約したことに落ち込みました。  アリストテレスはフォローするつもりだったのか、「足場は好きな形にできるよ」と補足してくれましたが、そんなことはどうでもよかったのです。  そして――、 「キリエじゃん……」  残念なことに件(くだん)の声の主は、民家の庭先に止めた車の傍らで慌てふためく、そのアリストテレスのようでした。      ◇     ◇     ◇       アリストテレスから、《雑霊》に取り憑かれた人を“観光”のコンダクターとして世話しようと持ちかけられた悠理は、湖のそばをひとり散歩しながら、考えをまとめようとしています。  湖畔にはアリストテレスが勝手に寝泊りしている民家の他にも、同じような二階建ての家屋が3軒ありました。  もう少し水辺を離れると、若干それらよりは広めの集会場も見えます。  この湖畔を生活の拠点とするようになってから、ふたりは各家庭の状況を逐一調べてみたりもしました。しかし、どの建物にも人影は無く、一様に空き家と化しています。  アリストテレスはそのなかの一軒に住み着き、暇さえあれば風呂に入るか、ソフトクリームを食べるか、車を運転しています。  水は湧き水と湖があり、食事も買い出しに行けば問題なし。快適ではないとはいえ、不自由無く暮らせてはいました。 (けどさ、こんなとこに呼んでも、ホントに自然しかないんだよ? 観光ったって、使えるものも限られてるし……)  悠理には、自然“しかない”この湖で、どのようなコンダクトが可能なのか、すぐにはアイディアが思い付きませんでした。  そのうえ、民家から集会所の、そのまた先にある倉庫のことに思い至ると、いったいどこから手をつければよいのかと悩ましくもなるのでした。  その選択肢の先には、彼女の夢も、当然含まれていたのです。 ――――――――――――――――――――――――――― ■マスターより  みなさまこんにちは、マスターのこしみずアカリです。はい、01番初期情報でございました。  アリストテレス達が用意した告知文と、詳しい「はじめるためのマスターより」が02番初期情報に掲載されますので、参加をご検討される方は必ずそちらもお目通しくださいませ。 ■シナリオの目安 危険度:★ 対応人数:★★ キーワード:「ローカル」「観光」「除霊」「一般人」「判定:厳しめ」「爆弾」「シナリオ内ルール」「他者のまなざし」「端的な事実」 ■関連選択肢 A011800 「湖畔のコンダクターに応募する」 ※備考:02番初期情報に詳しい遊び方がありますので、そちらをご参考に、必須事項を記入してください。シナリオ内ルール“本日の天気”が適用されます。 A011801 「湖畔で○○する」 ※備考:“観光”と“除霊”に関わらない場合の選択肢です。01番初期情報の倉庫をどうかしたい人もこちら。00番選択肢同様、シナリオ内ルール“本日の天気”が適用されます。 ――――――――――――――――――――――――――― 個人としてゲームを楽しむための交流の範囲を越えない場合に限り、この「初期情報」の複製、サイトへの転載を許可します。著作権等の扱いについては、公式サイト(http://else-mailgame.com/gddd/)を参照ください。 copyright 2012-2013 ELSEWARE, Ltd. ―――――――――――――――――――――――――――