初期情報 No.Z001800       担当:こしみずアカリ 「本当にダメな《祭主》と役に立ちそうもない《霊験》」 ――――――――――――――――――――――――――― 「ユーリぃー。コーンが見当たらないんだけどさ、どこ行ったか知らないかなー」  若干トーンの高い男の声が、風にそよぐ草のあいだ、木立のかげ、そして湖のうえを響き渡りました。その声に応えるものはなく、男は渋々、後部座席のドアを開けて車のなかを探し回るのでした。  男は見た目が五十歳ほど。いや、四十歳くらいでしょうか。若く見えるので確かなところはよくわかりませんが、黒い髪の毛はゆるくクセがあり、少し厚めのくちびるが印象的な顔立ちです。  本人は嫌がると思いますが、“おばさん顔”といっても差し支えないでしょう。  黒いジャージの上下で一心不乱に荷物をまさぐる努力も虚しく、肝心の“コーン”は見当たらず、呼びかけた“ユーリ”も応援に現れません。  ここはとある民家の庭先でした。  ほんの4、50メートル先には湖が広がり、空気はどこまでも美味しい……。のどかな自然あふれる東北の一角です(*1)。  いわゆる『《祭主》法』(*2)の適用レベルには、霊子濃度もどうにか及ばず。人こそ定住してはいませんが情緒だけは残っているのです。 「何してるの」 「あっ! もぉやっと来たよー」  年のころ二十歳そこそこの女性が、男に話しかけました。髪は鎖骨長さでウェーブがかかり、その真ん中をポンパドールのようにおでこのところで後ろに留めています。  彼女こそ、男が助けを求めていた“ユーリ”、六郷悠理[ろくごう・ゆうり]です。 「あのさ、コーンが無くなっちゃったみたいで」  男は振り返りつつ尋ねますが、先程から車のそばを離れません。いや、むしろそこに積まれた機械の前を動かない、というべきでしょうか。  大きさにして50センチ×80センチ×80センチ。銀色の冷たそうなボディのそれはいわゆる“ソフトサーバー”で、電源を車から引っ張っているようです。  悠理は手元ばかり見ている男には目もくれず、ぼんやりと辺りを見回しました。するとどうでしょう、少し離れたところで小鳥達が、何かをせわしなくついばんでるではありませんか。 「あれじゃないの?」 「えっ? ――あああぁ!!」  男は悠理の言葉にハッとなり、すぐさま憎らしい小鳥達へと駆け寄っては、手を叩いて二羽三羽と追い払ってしまいました。  あとには悲しくも食い荒らされたソフトクリームのコーンが、何個も何個も転がっていました。  立ち尽くす男の顔はまさに半べそ。  瞬間的に知らんぷりをする悠理。  それでも男は無傷のコーンを幾つか回収し、戻ってきてはいそいそとサーバーにセットします。  モインモインモインモインと唸りを立てて、コーンへと積み上げられるネジネジの塔。甘くて冷たいクリームを食べたいだけねじねじすると、男はまるでその塔にミサイルが着弾するかのように、くちからお迎えに行きました。  もう男の顔からは、小鳥にやられた屈辱の色など消えてしまっています。  ソフトクリームは、彼――《祭主》アリストテレス[−]にとって――、何よりの至福スイーツだったのです。        ◇     ◇     ◇       ふたりして縁側に腰掛け湖を眺めていると、とても穏やかな気持ちになります。その一方で、自分は何をしているんだろうという疑問も、悠理の心中には少しずつ湧き上がります。  見た目の年齢差からすると、彼女とアリストテレスは親子ほど離れています。それでいて彼は、ダメ親父の典型です。  縁あって契約を交わしてしまった悠理ですが、どうやって彼の力を自らの夢へと役立てられるのか、そこがどうしても気がかりのようです。  どれくらい時間が経ったでしょうか。沈黙を先に破ったのはアリストテレスでした。 「そういやまたいたよー、あの人」 「あの人?」 「ほらー、ユーリも見たじゃん」  アリストテレスはこの民家に居付いてこそいますが、自慢の愛車を繰り出して出掛けることも多々あるのです。  悠理だってお腹は空きますし、ふたりで買い出しに出掛けもします。  アリストテレスの言わんとすることを察してか、悠理の表情が曇りました。 「こっちまで来てたの?」 「さっきチラッと見かけた。でも帰っちゃったみたい」 「そっか……」  今、湖を前にまどろんでいるのは悠理とアリストテレスのふたりだけですが、じつはこの近辺にはたまに迷い込む者が現れるのです。 「やっぱりユーリは“前科者”だから、そこんとこで責任感じてるんだ」 「前科者じゃないって!!」  アリストテレスはへらへらと笑って頭を下げました。 「あれは……まだ私も、言い訳になっちゃうけど、そういうケースに遭ったことなかったし……」 「もう半年前だっけ?」 「うーん……そのくらいかも」  悠理がアリストテレスと契約して、しばらくが過ぎたある日のこと。ここから程近い県道でひとりの青年と出会いました。  青年はひと目見て分不相応と知れるほどの妖気をまとっており、悠理にも彼が《雑霊》に「取り憑かれている」のだと勘が働きました。  《雑霊》が人間に取り憑くことは、極めて稀なことだと言われています。そんな異常事態に直面した以上、放っておくわけにはいきません。 「まあ、フツーはユーリじゃなくても、《祀徒》なら《霊験》なり《霊器》なりを使って、《雑霊》だけでもやっつけようとするよねぇ」 「…………」  ところがです。 『うぎゃーー!!』 『ええっ! なになに!?』  当時の彼女は、《雑霊》に取り憑かれるということを甘く見ていました。素手の《霊器》による手掴みで《雑霊》“だけ”引き抜こうとしましたが、青年の魂に深く深く入り込んだ根っこはあまりにも頑丈で、そのダメージは彼にも雪崩れ込んでしまったのです。  間一髪で事態に気付いた悠理は、気を失った青年を手当てし、どうにか身寄りのもとへと引き渡したのでした。 「元気になるまでお見舞いしたかったけど、家族の人にも断られちゃったし……」  しょぼくれる悠理を尻目に、アリストテレスは2本目のソフトクリームを舐めながら湖を眺めています。悠理はこの《祭主》が本当に自分の話を聞いてるのかについては、ほとんどあてにしていません。  片や《雑霊》に取り憑かれた一般人が苦しみ、片や霊子のかたまりともいえるアリストテレスが人生を謳歌している現実。  悠理にはこの光景がなんともあほらしく思えるのでした。  ただでさえ、そういう苦しみを抱えながらどうにか日常生活を送り続けている人が、どうも複数人いるようなのですから。 「キリエ(*3)みたいに“のほほん”と湖眺めてばかりの《祭主》がいるのを知ったら、《雑霊》に取り憑かれた人達はどう思うのかな……」 「なんだよその言い方ぁー。まるで爪の垢を煎じて飲ませたいと思ってるみたいじゃないかー」 「うん、ある意味当たってるし」  と、ここまでは普段どおりの悪態にまみれた会話。そう悠理も考えていました。しかし、なぜかアリストテレスの目が、突然見開かれたではありませんか。 「それだよユーリ! 彼らにもさ、ここに来てもらおうよ!」 「へっ?」 「だからー、一週間くらいでいいから、この綺麗な湖でリフレッシュしてもらうんだよー」 「……誰が世話を焼くの?」 「それは募集をかければいいんだって」 「完全にボランティアじゃん」 「ちがうよー! コ・ン・ダ・ク・タ・ァ!」 「付き添いのことでしょ……」  ようやく悠理にも、アリストテレスの考えが解ってきました。  つまり、彼はこの湖の地に、《雑霊》に取り憑かれた人を観光目的で呼び込もうとしているのです。 「どうやって連れてくるの」 「俺のミニバンに乗ってもらえばいいし」  乗り気になったアリストテレスは、足役を引き受けるつもり満々。  悠理としては成功するかどうかも定かではない計画に及び腰でしたが、少なくとも対象者が一般的な《霊験》や《霊器》で対処できない以上、このたびの“リフレッシュ観光”も、可能性くらいは考えてもよさそうだと思えてきました。 「たしかに、自然と触れ合ってマイナスにはならないわよね……」 「でしょー!? ひょっとして、ハッピーな気持ちになって《雑霊》もポロッと取れちゃうかもしれないじゃん!」  悠理の消極的同意を見て、アリストテレスも大喜び。すぐにでも、愛車に乗り込んで方々(ほうぼう)のニーズを聞いて回りたい模様です。        ◇     ◇     ◇       後日。  リフレッシュ観光計画は、とりあえず8月の頭から4回くらいに分けて、実施されることになりました。  その告知を打ち出す直前のこと、いつもの庭先で佇む悠理の肩に、なぜかアリストテレスがそっと手を乗せています。 「キリエ、準備いい?」 「いいよー。ていうか早く終わろうよ。昼寝したいし」 「…………」  悠理はゆっくりと目を閉じ、要らない意識をシャットアウトしました。ロンTに覆われた左腕がぼんやりと光り始めます。  そして彼女は、そっと、でも力強く、こう言葉にしました。 「『メテオロロジカ』……!!」  すると――、風が、水が、草木が、小さな小さな粒子を悠理のもとへと送り始めました。その不思議な光景を目にしながらも、アリストテレスは何も無駄口を叩きませんでした。  粒子のダンスはしばらく続き……。そして悠理が頷いたと同時に、彼女の腕の光も消え、細かな粒達もかき消えました。  アリストテレスも肩に乗せていた手を離します。 「どうだった、ユーリ」  悠理は一息ついて、こう答えます。 「……最初は晴れてくれるんだけど、後半には雨の日が多くなるみたい」 「そっかー、残念だなー」 「うん……。けど、それでやってもらう他ないよね……。誰も来なかったら私達が動けばいいんだし。あっ、でもその後はまたいいお天気になるよ」  悠理はかがみ込むと、告知文の余白に何やら図形を描き込み始めます。それはよく天気予報で見かける、太陽や傘のマークでした。  この8月から4回行なわれる“観光”に先駆けて、湖近辺の天気がどう変わるのか。それを彼女達は、コンダクター向けの情報に盛り込もうとしているのです。  局所的な時空の天気を予測する能力。それがアリストテレスの《霊験》、『メテオロロジカ』でした。 (これでおしまい、何もナシってところが、いかにもキリエの《霊験》っぽいよね……)  悠理は傘のマークを塗りつぶしながら、彼女が譲り受けた異能について思いを馳せるのでした。 ※マスター註 (*1)“一角”は地名ではない。 (*2)特殊災害被災地特別措置法。 (*3)ギリシャ語での敬称。英語では「ミスター」にあたる。「アリストテレス」と呼ぶには長すぎることから悠理が使用している。 ――――――――――――――――――――――――――― ■マスターより  みなさまこんにちは、こしみずアカリと申します。今作でもマスターを務めさせていただきます。  アリストテレス達が用意した告知文と、詳しい「はじめるためのマスターより」が02番初期情報に掲載されますので、参加をご検討される方は必ずそちらもお目通しくださいませ。 ■シナリオの目安 危険度:★ 対応人数:★★ キーワード:「ローカル」「観光」「除霊」「一般人」「判定:厳しめ」「爆弾」「シナリオ内ルール」「他者のまなざし」「端的な事実」 ■関連選択肢 A011800 「湖畔のコンダクターに応募する」 ※備考:02番初期情報に詳しい遊び方がありますので、そちらをご参考に、必須事項を記入してください。シナリオ内ルール“本日の天気”が適用されます。 A011801 「湖畔で○○する」 ※備考:“観光”と“除霊”に関わらない場合の選択肢です。01番初期情報の倉庫をどうかしたい人もこちら。00番選択肢同様、シナリオ内ルール“本日の天気”が適用されます。 ――――――――――――――――――――――――――― 個人としてゲームを楽しむための交流の範囲を越えない場合に限り、この「初期情報」の複製、サイトへの転載を許可します。著作権等の扱いについては、公式サイト(http://else-mailgame.com/gddd/)を参照ください。 copyright 2012-2013 ELSEWARE, Ltd. ―――――――――――――――――――――――――――