初期情報 No.Z001702           担当:外川辛 「ジャムと煽りと、時々予言」 ―――――――――――――――――――――――――――  静かな室内に、キーボードを叩くカタカタという音だけがひっきりなしに響いていた。 「……くっそぉおおお!! なんなんだよ、こいつら!!」  キーボードを叩く手を止め、激しく机を叩いて金切り声を上げたのは、十代半ばほどの少女だった。ぼさぼさの赤毛は寝癖のようにあちこちが跳ね、着ている青いジャージはくたびれてよれよれだった。 「ぐぬぬ……なぜボクの予言が正しいことを認めないんだよー! 一昨日の地震も、先週日曜のG1の勝ち馬だって当ててやっただろ! バカにしやがって、くそっ! くそっ!」  文字通り顔を真っ赤にして喚いた少女は、深呼吸するとブラウザの更新ボタンを押した。掲示板の新着メッセージがずらりと表示される。 『なぜ暗黒は脊髄反射でレスをするのか』『おい、顔とIDが真っ赤だぞwww』『もういい……! もう……休めっ……!』『ミシェルちゃんぺろぺろ^^』  現実は無情だ。少女が期待したように賞賛や擁護する書き込みは皆無で、書き込まれた内容のほぼ全てが彼女を嘲る……というよりは、単に活きのいいオモチャで遊んでいるだけだった。  少女は怒りのあまりにキーボードクラッシュを決めそうになり、それが借り物であることを思い出して辛うじて自重した。再度深呼吸をすると、むりやり冷静を装う。 「ふ、ふん。ボクの凄さがわからないとはとんだ愚民どもめ。今に吠え面かかせてやるんだからな!」  わかりやすい捨て台詞を吐いて、少女はブラウザの画面を閉じた。どうせ、彼女の怒りが冷める頃にはこのスレッドは過去ログに送られて閲覧できなくなっていることだろう。論破されて逃走したという不名誉な事実も闇に葬られる。  ――残念ながら世の中にはウェブキャッシュというものがあり、大手掲示板のログを保存しているようなサイトも存在することを彼女は知らなかった。あるいは、知らぬが仏であったかもしれないが。 「全く、勝手に人の予言を持ち上げておいて外れたらオワコン扱いとかひどいじゃないか、おい! だいたい、恐怖の大王だって絶対あれちゃんと降ってきてたはずなんだ。ボクの予言が成就すると人類にとって不利すぎるから、秘密裏に処理されたに決まってる!」  少女の名はミシェル・ド・ノートルダム[−・−・−]。かつては『予言者ノストラダムス[−]師』として知られた《祭主》である。  本来は男性であるミシェルがなぜ年若い少女の姿となって顕現しているか、理由は定かではない。だがそのメンタリティもまた、外見年齢に引きずられるように非常に子供じみたものになっていた。  負けず嫌い、目立ちたがり屋、我慢が苦手というその性格が災いし、巨大掲示板サイトで書き込みをする度住人たちに散々遊ばれるという屈辱を味わう羽目になっている。  現世に顕現してすぐに、ミシェルは現代の利器であるパソコンに親しみ、ついでインターネット文化にどっぷりとはまることになった。自分自身のブログを立ち上げ、日々の予言を書き留め始めたのもその頃だ。  とはいえ、保有する霊力が低いためか予言の精度は微妙であり、外れる(本人に言わせれば『成就を阻まれる』)ことも多々あった。  先ほどミシェルが口にした地震は日常的に起こりうる震度2で、そもそも大半の人間が気づかないレベルだった。競馬のレース結果に関しては、ガチガチの一番人気の馬が一頭になるというのを当てただけである。果たしてそれは本当に予言なのか? と言われても仕方がないだろう。 「くそぅ、ブログのアクセス数も全然増えないし……ボクもツブヤイッターで沢山の人間にフォローされたいのに!」  ミシェルが一人憤慨していると、のんびりとした声が居間から聞こえてきた。 「ミシェルちゃん、ご飯よー」          ◇   ◇   ◇ 「今日の晩ご飯は洋風にしてみたんだけど、どうかしら」  テーブルの向かいに座った老婆が、ニコニコを笑いかけてくる。食卓の上には、新鮮な野菜をふんだんに使ったサラダとラタトゥイユ、オムレツとミネストローネといった料理が湯気を立てていた。 「いただきまーす。……うん、おいひぃ」  オムレツを口に含んで、ミシェルの顔が輝いた。それを見て、老婆は嬉しそうに微笑んだ。 「やっぱり、ご飯は誰かと食べる方がおいしいわよねぇ」  音羽淑子[おとわ・よしこ]という名のこの老婆が、居場所もなくフラフラしていたミシェルを保護し、衣食住の面倒を見てくれている恩人だった。  幽霊である彼女には本来生命維持のための食事などは必要がないのだが、実体化していればその味わいを楽しむこともできる。上げ膳下げ膳ならば、わざわざ断る必要もないと言うわけで、このところミシェルはすっかり引きこもりニートと化していた。  淑子の方も、『大霊災』のあと同居していた息子夫婦が孫を連れてより安全な地方へ引っ越してしまい、ミシェルの世話をすることで寂しさが紛れている一面もあるようなので、いわゆるWin−Winの関係というやつなのかもしれない。 「ミシェルちゃんの作るジャムは、本当においしいわね」 「それほどでもないよ。ま、一応ボクはジャムの作り方の本を出したこともあるしね」  自尊心をくすぐられ、ミシェルはふふんと胸を張る。 「ミシェルちゃんがうちに来てくれてから、ご飯を作るのも楽しみがあるし、感謝してるのよ」 「ボクこそ……毎日こんなよくしてもらって、感謝してるよ。もし《雑霊》が出たりしたら、おばーちゃんぐらいは守るからさ」  ありがとね、と笑って淑子は今日一日の出来事を語り始める。図らずもネット以外の外界と接触を断っているミシェルにとって、淑子は周囲の状況を知る唯一の情報源といってもいい。 「上の階に住んでいる女の子にね、彼氏ができたみたいなの」  ミシェルが居候している『さくら草ハイツ』は横浜駅から私鉄と徒歩で約30分。昔ながらの住宅街の一角にある。元は亡くなった淑子の夫が建てた、築25年のアパートだ。 「ふーん。リア充してるなぁ」  デザートのゼリーをつつきながら、ミシェルは興味なさそうに相づちを打った。 「行くところがなさそうなんで、空いてる部屋をしばらく貸してあげることにしたのよ」  さくら草ハイツの家賃は、周囲の同程度のアパート等に比べると割安だった。そのため、収入の少ない若者などが入居者には多い。 「おばーちゃん、ホントお人好しだなぁ」 「あら、困ってる人を助けるのは当然のことじゃない。こんな時だからこそ、助け合わないとね」  ニコニコと笑う淑子に、ミシェルは先ほどまでの殺伐としていた気持ちが薄れていくのを感じる。世の中、まだ捨てたものじゃないよなぁ。などと思いながら。たいていの場合、しばらくすると性懲りも無く掲示板でやり合い、世の中は腐ってる! などと叫ぶことになるのだが。 「でね、その彼氏って外国の子みたいでね。色も白いのよ、なんか透けてるんじゃないかっていうぐらい」  おいおいそれって幽霊じゃないのか、とミシェルは心中で突っ込む。実体を持っているとすれば、自分と同じく《祭主》か、あるいは《災主》の可能性もある。  一度、探りを入れる必要があるかもしれない。          ◇   ◇   ◇  自室に戻ったミシェルは、再びパソコンに向かうとブログに新しい記事を書き始めた。 『ボクの《祀徒》になってよ!』  直球なタイトルで始まった記事の内容は、文字通り自分と契約してくれる《祀徒》を探す内容だった。  自身と契約する《祀徒》が増え、《雑霊》を狩るほど《祭主》の霊力も増すということを、《祭主》たちは知っている。  霊力が高まれば、予言の精度も上がるに違いないとミシェルは踏んでいた。そうなれば、自分をあざ笑った連中すべてを見返して、自分の言葉が正しかったのだとわからせることができるだろう。  そして、その後は――。 「……何しよう?」  呟いて、ミシェルはううむと考え込んだ。  予言の精度を上げるまではいい。その後、精度の上がった予言を使って何をするか? その具体的なビジョンが全く浮かんで来ないのだ。 「ま、いっか。とりあえず後で考えよ」  そう結論を下し、ミシェルは記事の投稿ボタンを押したのだった。 ――――――――――――――――――――――――――― ■マスターより  こんにちは。お久しぶりですもしくは初めましての外川辛です。  今回は一つのエピソードが一話〜数話で完結する連作短編的なシナリオです。  全体を通してのストーリーも一応存在しますが、別に無視しても構わないようなゆるい作りなので気軽に参加していただければと思います。  逆に、謎解きやシリアスなストーリーを追いかけたい方には向いていないかもしれません。  こちらは残念な子、こと《祭主》ノストラダムスに関する初期情報です。  マリア・テレジアやユダと違って何をするかの具体的な目標を持っていないので、一番PCの意見に流されやすい《祭主》と言えます。   ■シナリオの目安 危険度:★★★ 対応人数:★★★ キーワード:「判定:緩め」「ギャグ寄り」「軽いノリ」「残念ってゆーな」「気軽にどうぞ」 ■関連行動選択肢 A011703 「ミシェルと(で)遊ぶ」 備考:誰でもネット上で簡単にミシェルとコンタクトを取ることができます。 ――――――――――――――――――――――――――― 個人としてゲームを楽しむための交流の範囲を越えない場合に限り、この「初期情報」の複製、サイトへの転載を許可します。著作権等の扱いについては、公式サイト(http://else-mailgame.com/gddd/)を参照ください。 copyright 2012-2013 ELSEWARE, Ltd. ―――――――――――――――――――――――――――