初期情報 No.Z001701           担当:外川辛 「ヨコハマ救世伝説」 ―――――――――――――――――――――――――――  昼過ぎの横浜駅は、大勢の利用客で混雑していた。  夜間ともなれば《雑霊》が出没することもあるとはいえ、駅周辺は他の地域に比べればかなり安全な部類に入る。  そのため、一見すると以前と比べて何ら変わりがないように――まるで大霊災などなかったかのように、見えなくもない。    西口の地下街入り口付近には、待ち合わせなのか暇そうにしている老若男女の姿がある。その中で、ひとり異様な雰囲気を漂わせた人物がいた。  若い男だ。  全身黒ずくめのコーディネートにシルバーのアクセサリという出で立ちは、渋谷だの原宿だのに行けば掃いて捨てるほど見かけるだろう。多くの少年が思春期に程度の差はあれ罹患する、はしかのような病の患者には、よく見られる傾向だ。  真紅のメッシュが入った銀髪というのも、やや珍しくはあるが異様と呼ぶまでではない。顔立ちが明らかに日本人ではなく白人のそれであるのも、同じく。  その男を、異様たらしめているのはその目だった。  それは、熱病に魘される患者のようでもあり、  苦行に自らを追い込む求道者のようでもあり、  飢えた獣のようでもある。  死んだ魚の目のように暗く澱んでいるようでいて、その奥底に何かを渇望するかのようなぎらぎらとした輝きがある。 『……あなたは、神を信じますか。イエス・キリストはこう仰いました。あなたの隣人をあなた自身のように愛せよと……』  抑揚のない、平板な男声が宗教団体の主張を読み上げているが、誰も特に足を留めたりはしない。  人々の宗教に関する意識が希薄なのもあるだろうが、そもそも淡々と流れているのも録音されたテープに過ぎない。担当者も布教にさほど熱心ではないようで、ラジカセの傍らに座って黙々とテキストを読んでいるだけだった。 「くっ……なんということだ」  若い男は突然、滂沱の涙を流して頭を抱えた。 「……我が師よ、誰も貴方の言葉に耳を傾けようともしない。人々の心がこれほどまでに荒廃しているとは……ッ!」  涙を流したまま頭を抱えて呻く男の不審な様子に、周囲にいた者たちは奇異の目で男を見、次いで誰からともなく距離を取った。 「……あの、どこか具合悪いんですか? 大丈夫です?」  ただひとり男に声を掛けたのは、近くでティッシュ配りをしていた少女だった。  男は少女の声にのろのろと顔を上げ、その服装に再び頭を抱えた。近くにあるメイドカフェの制服は、ミニスカートに胸元を強調するようなデザインのエプロンが特徴的だった。 「なんということだ。心清き乙女ですら、このように不埒な格好をしているとは……! ソドムとゴモラの如き悪徳がこの国には蔓延っているのか……!」  少しの間をおいて、男の言わんとすることを理解した少女は真っ赤な顔で弁解を始めた。 「え? あ、その……べ、別にやらしいことするお店じゃないんですよ!? とりあえず、これあげますから顔拭いた方がいいと思いますよ。……あ」  どさりという音に、少女は後ろを振り返った。  バランスを崩して転んだのだろう。若い女性が足首を押さえて地べたにうずくまっていた。周囲にはバッグから飛び出した化粧ポーチなどが散乱している。  周囲の人間は誰も彼女を助けようとはせず、見て見ぬふりをして通り過ぎるか、中には露骨に邪魔だと言わんばかりの表情で一瞥していく者もいた。 「あ、あの。ちょっとこれ持っていてください」  少女は男にティッシュの入ったカゴを押しつけると、転んだ女性の元へ駆け寄っていった。  男はぼんやりとそれを眺め、そこでようやく自分の頬が濡れたままなのに気がつき……憮然とした表情で顔を拭った。          ◇   ◇   ◇ 「……何故、君以外の人間は誰もあの女性を助けようとしなかったのだ?」  転んだ女性を助け起こし、荷物を拾い集めるのを手伝って戻ってきた少女に、男は問いかけた。 「えっ? うーん。みんな、できるだけ厄介事には関わりたくないって思っちゃうのかも……。私はお人好しすぎるってよくバカにされますし……」 「何故だ? 困窮している者に手を差し伸べられるのは美徳だろう。それが何故馬鹿にされなければならないのだ!」  少女の答えに、男は声を荒げた。  周囲の人間が何事かと不審そうな視線を向ける。 「……やはり、現代の人心はもはや修復不可能なほどに荒みきっているのだな。我が師の理想とはなんとかけ離れた有様か……」 「あのぉ……?」 「この醜く汚れた世界を打ち壊し、真に美しき世界を創り直す……それが今生の私に与えられた天命なのだな、神よ。いいだろう……我が師の為にもその役目、果たして見せようではないか」  天を仰ぎ、ぶつぶつと呟き続けていた男は、唐突に少女に振り返り、その手を強く握った。咄嗟のことに慌てふためきながら、少女は男の手が思いの外冷たいことに気づく。 「君の名を教えてくれないか」 「え? あ、かりんです。冬木かりん[ふゆき・かりん]」 「ならばかりん、単刀直入に言おう。私に協力してはくれまいか。この世界を打ち壊し、正しく創り直す為に」  そう言った男の目は笑ってはおらず、その言葉が本気であることが見て取れた。 「……で、でも。この世界を一度壊すって……ちょっと乱暴すぎる気がしますよ」  たどたどしく反論したかりんに、男は頭を振った。 「ならば逆に問おう。君は今のこの世界が真に正しい在り方だと思うのか? 政を担う者が平然と嘘を吐いて民を欺き、富める者は富を独占し貧者を救おうともしない。人々の心は荒み、倒れた者に誰も手を差し伸べようともしないこの世界が!」  強く言い切られ、かりんの心にも迷いが生じた。確かに、バイトの時給は上がらないのに税金だけは毎年増えていくし、光熱費も高くなる一方だ。こんな状況を誰かが打破してくれないかと、思ったことが無いわけではない。 「この世で富や権力を握った者はそれを簡単に手放したりはしない。醜く歪んだ世の有り様を正すには、それらを根本から壊すしかないのだ。そう、かつて神の起こした聖なる審判――『ノアの洪水』のように」 「……わかりました。私に何ができるかわかりませんけど、できることなら。だから、まずはあなたの名前を教えてください」  かりんの言葉に、男は肩を竦めた。 「ふ……今の私はただの死人だ。名乗るほどの名などない」 「でもそれじゃ、なんて呼べばいいかわかりません」 「……む」  指摘され、男は初めてそのことに気づいたといった表情を浮かべた。持って回った言い回しを多用する割に、案外抜けているのかもしれない。 「ユダ[−]。それが私のかつての――そして今生でも変わらぬ名だ」          ◇   ◇   ◇ 『……醒めちまったこの世界に……  ……熱いのは……俺たちのSOUL……  探しているのさ……同志を……  この世界をREBIRTHするために……』 「……まずはこんなものか」   初期設定の終わったブログの画面を前に、ユダは満足そうにつぶやいた。月夜をテーマにしたスキンはいかにもスタイリッシュな印象を見るものに与えるだろう。  タイトルは『世を憂う黒翼の天使たちの旅団(ブラック・エンジェルス・ブリゲイド……長いので黒翼旅団と略す)』。  修飾が多すぎてわかりづらい文章を平たく解読すれば、『自分に賛同してくれる《祀徒》を探している』という内容になる。 「大家さんが空き部屋を貸してくれてよかったですー」  二人がいるのはかりんの住むアパートの一室だった。テーブルと座布団しか家具のないこの部屋が、当面の活動拠点というわけだ。 「ああ……彼女には深く感謝している。まずは我が同志たる《祀徒》を募らねばならないからな……」 「最近《祀徒》を募っている《祭主》はたくさんいるみたいですよ。全国統一だとか、自分の国を作るだとかで……」  かりんの言葉に、ユダは侮蔑の表情を浮かべた。 「下らない……そのような私欲のために力を欲するなど。大いなる力は、真に世のために使われるべきなのだから」  そう言い切るユダは、自身の理想を共有できる《祀徒》が現れると、信じて疑わない様子だった。 ――――――――――――――――――――――――――― ■マスターより  こんにちは。お久しぶりですもしくは初めましての外川辛です。  今回は一つのエピソードが一話〜数話で完結する連作短編的なシナリオです。  全体を通してのストーリーも一応存在しますが、別に無視しても構わないようなゆるい作りなので気軽に参加していただければと思います。  逆に、謎解きやシリアスなストーリーを追いかけたい方には向いていないかもしれません。  こちらはちょっと頭のおか……もとい個性的な《祭主》ユダに関する初期情報です。  すでに公開済みのキャラクター情報を見ていただければわかるかと思いますが、基本的に変な改竄をされまくった人物像となっていますのでキリスト教的な要素を掘り下げる予定はありません。  ガチな宗教ネタは私の頭が禿げ上がりますので、ご遠慮いただければと思います。   ■シナリオの目安 危険度:★★★ 対応人数:★★★ キーワード:「判定:緩め」「ギャグ寄り」「軽いノリ」「患っている人向けかもしれない」「気軽にどうぞ」 ■関連行動選択肢 A011702 「『黒翼旅団』の話に関わってみる」 備考:誰でもネット上でユダとコンタクトをとることが可能です。 ――――――――――――――――――――――――――― 個人としてゲームを楽しむための交流の範囲を越えない場合に限り、この「初期情報」の複製、サイトへの転載を許可します。著作権等の扱いについては、公式サイト(http://else-mailgame.com/gddd/)を参照ください。 copyright 2012-2013 ELSEWARE, Ltd. ―――――――――――――――――――――――――――