初期情報 No.Z001700           担当:外川辛 「会議は踊る、幽霊も踊る」 ―――――――――――――――――――――――――――  神奈川県横浜市。首都圏でも有数の人口を誇る大都市もまた、大霊災による変容を逃れることはできなかった。  市内中心部はおおむねLEVEL1程度の危険度レベルに保たれているものの、局地的に危険度レベルの高いエリアが点在することもあり、《雑霊》の危険が人々の暮らしに陰を落としている。  高級住宅地である山手地区は、市内の中では割合危険度の高いエリアに含まれる。この一帯には明治時代に端を発する外国人居留地の史跡が今も残されており、欧米をルーツとする《祭主》たちには受けが良いようだ。  というのも、近代史、建築史上の貴重な資料として保存されていた洋館群は、彼らに自分たちのかつての住居のイメージを呼び起こすのに丁度いい土台となったからだ。  そのようにして、《祭主》の力により欧州貴族のマナーハウスとして改造された洋館のひとつは家主の名を取ってグレイ・ハウスと呼ばれていた。        ◇   ◇   ◇ 「しかしまぁ、あたしの子孫たちも不甲斐ないものだわ。わが祖国があんなに小さくなっちゃってるじゃないの」  深々と溜息を吐きながら、金髪の少女はコーヒーカップの中になみなみとオレンジリキュールを注ぐと、スプーンで乱暴にぐるぐるとかき回した。ホイップクリームと色鮮やかなキャンディーの破片が、コーヒーに溶けていく。 「まぁまぁ、そうは言ってもね。時代の流れというものがあるからの。列強と言われた欧州の各国も今は……特段お前さんのとこが不甲斐ないという訳じゃなかろうて。ところでお前さん、随分と酒を入れすぎじゃないかね」  少女と相対する白髪の老人はそう言って、自身は白磁のティーカップを傾けた。傍目には、老人と年の離れた孫娘、といった風情だ。 「なによ? このぐらい大した量じゃないわ。それに今のあたしには肥満なんてものは無縁だもの。怖いものなんて何もないわ」  ふふん、と少女は控えめな胸を張り、コーヒーカップを口に運んで「やっぱりこれよね」と恍惚の表情を浮かべた。  輝く金の巻き毛にぱっちりとした青い瞳、抜けるように白い肌。すらりと細い手足は理想化された少女の美しさを体現していると言ってもいいだろう。 「メラーには感謝しなくちゃいけないわね。若いころのあたしのイメージが広まってたお陰で助かったわ」  少女の名はマリア・テレジア[−・−]。正確にはやたらと長いフルネームを持つ彼女は歴史上唯一のハプスブルク家女大公にして神聖ローマ皇后、ボヘミアとハンガリーの女王――一般的には、『女帝』として広く知られる女傑である。  飲酒好きや美食に加え、度重なる出産で後年の彼女はかなりふくよかな体型の肖像画が残されているが、現在のマリアは母親譲りの美貌を賞賛された少女時代の姿を留めていた。 「ほっほ。ワシなんざ、日本じゃ殆ど知られていないからの。よくて『紅茶の人』じゃから少しばかりうらやましいのぅ」  言葉とは裏腹に、老人の口調からは妬ましさのようなものは感じられない。第二代グレイ伯爵、チャールズ・グレイ[−・−]は新しい紅茶を空になったティーカップに注いだ。 「……決めた。あたしがもう一度わが一族の……いいえ、あたしの帝国を打ち立てるわ!」 「そりゃ威勢が良いのぅ。しかし、実際にはどうするのかね?」  チャールズの問いに、マリアは真剣な面持ちで考え込んだ。 「そりゃ、あたしだって、現状の理解ぐらいしているわよ。今のあたしには家族もいなければあたしが見出した有能な家臣たちもいない。あたし一人ができることには限界がある」  そう言って、マリアは『フランツ』とネームタグのついたクマのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。 「だから、《祀徒》を集めるわ。まずは力を蓄えるところから始めなければね。……椛っ!」 「……は、はいッ?」  唐突に名前を呼ばれ、それまで部屋の隅で黙々と掃除をしていた青年が素っ頓狂な声を上げた。外見は中肉中背、顔立ちは取り立てて端正というほどでもなく、かといって不細工という訳でもなく。なんとも印象に残りにくい無個性ぶりだった。 「あ、あの……なんですか?」  おどおどとした様子でマリアを見つめる青年の名は東雲椛[しののめ・もみじ]という。幽霊対策を盛り込んだハウスキーピング業務を提供するセーフハウスサービスの横浜支部長という肩書きを持つ人物にして、マリアの《祀徒》でもある。  とはいえ、他の職員たちから『事務仕事とか面倒だし、任せるわ』という理由で押しつけられた地位であり、本人は『外でお仕事してる方がよほどいいです』としょっちゅう電話で泣き言を漏らしていたが。 「椛、あんたネット上で人手を集める告知を作りなさい。なるべくキャッチーでわかりやすいやつをね」 「人手募集って、一体何をするつもりなんですか?」 「《祀徒》を集めるのよ。このあたし、マリア・テレジアの帝国を築く為のね!」  胸を張って宣言するマリアに、椛は目を丸くした。        ◇   ◇   ◇ 「それで、具体的にどんな内容で《祀徒》を募集するんですか? 詳細が判らないと応募する側も判断に困ると思いますけど……」 「そうね。年齢や性別とかは不問。あたしの《祀徒》なら嬉しいけれど、別に違う誰かの《祀徒》でも贅沢は言わないわ。あぁそうそう、もし、在野でヒマそうにしている《祭主》がいたらスカウトしてきて欲しいわね」 「ふむ。ワシは茶飲み友達を募集したいのぅ」  マリアの言葉を、椛がパソコンのメモ帳に書き留めている。グレイ・ハウス周辺はエリアの中では例外的にインフラが通常稼働しており、ノイズは入るものの電話やインターネットも利用できる。 「もちろん、ただで協力しろってんじゃないわ。成果に応じてそれなりの見返りは用意するつもりよ。具体的に何かって言うのはこれから考えるところだけど」 「成果に応じて報酬あり……と。あの、ところでマリアさん。僕には報酬はないんでしょうか……」 「……何か言ったかしら?」 「ひぃぃっ、何でもありません……!」  冷たい視線を向けられ、蛇に睨まれた蛙のように椛は縮こまった。この哀れな青年は、すっかりマリアの支配下に置かれてしまっているようだ。 「あとはそうね、キャッチーな名称。M(マリアの)T(帝国を)O(応援する会)でMTO55とかどうかしら」  大型ハイビジョンテレビに映った多人数アイドルグループを指差しながら、マリアが言う。 「だ、だめですよ! きっと芸能界からクレームが来ちゃいますっ……」 「何よ、つまらないわね。まぁいいわ、名称は後でゆっくり考えましょ。なんなら募集してもいいし」  叱責が来ないことに椛がほっとした矢先、チャンネルを変えたマリアが顔を輝かせた。 「あらすごいわ、これ! 日本人てやっぱりニンジャの末裔なのね」  画面の中ではなんとなく忍者っぽくも見える服装に身を包んだマッチョの青年が、上から無数の張りぼての岩が降ってくる坂道を必死で駆け上がっていた。『ニンジャ・ファイターズ』、難攻不落の城を模したアスレチックフィールドを挑戦者が己の体一つで突破していくという人気番組である。 「どうせなら、希望者の選抜試験とかやったら面白そうね。椛、このニンジャ城のセットを使えるよう交渉するのよ!」 「む、無茶言わないでください! そんなお金、ある訳ないじゃないですかあぁぁ!」 「そこをなんとかしなさいよ」 「無理ったら無理ですっ!」  半分涙目で講義する椛の胸元で、携帯電話のピロピロという気の抜けた着信音が響いた。 「……はい、東雲です。えっ……はい、はい。……わかりました、なんとかしてみます」  通話を終え、椛は溜息と共に携帯をベストの胸ポケットに戻した。 「なんだったのよ?」 「えっと……外回りの営業からで。みなとみらいの方に《雑霊》が出没しているそうなんです。なんだかあちこちからぞろぞろ集まってきてるんだとか……今のところは大人しいみたいですけど、いつ暴れ出すか判りませんし……様子を見に行こうかと」 「ふーん。なんだか変な話ね。《雑霊》が観光って訳でもないだろうし。それとも、観覧車にでも乗りたいのかしら? なんにせよ、好都合ね。告知に反応した人間の選抜試験はそこでやるわ! 急いでネットに告知を出すのよ!」 『☆《祀徒》大募集☆  歴史に名前を残してみたいと思いませんか?  ただいま《祭主》マリア・テレジアは帝国建国に協力してくださる《祀徒》を募集中です。在野《祭主》に関する情報やスカウトも受付中。  年齢性別その他一切不問。初心者歓迎。別途選抜テスト有り。成果に応じて報酬支払い。  お問い合わせはお気軽に。  マリア・テレジア・ヴァルブルガ・アマーリア・クリスティーナ・フォン・エスターライヒ』 ――――――――――――――――――――――――――― ■マスターより  こんにちは。お久しぶりですもしくは初めましての外川辛です。  今回は一つのエピソードが一話〜数話で完結する連作短編的なシナリオです。  全体を通してのストーリーも一応存在しますが、別に無視しても構わないようなゆるい作りなので気軽に参加していただければと思います。  逆に、謎解きやシリアスなストーリーを追いかけたい方には向いていないかもしれません。  マリアの言う『見返り』について。  PCはマリアの発令するミッションを遂行した場合、成果に応じた報酬を受け取ることができます。  参加したからといって必ずしもミッションを遂行しなければいけない訳ではありませんので、きままにグレイ・ハウスでのんびりするのも自由です。  なお、実際にミッションの発令される2ターン目からは簡単な独自ルールを付け加える予定です。   ■シナリオの目安 危険度:★★★ 対応人数:★★★ キーワード:「判定:緩め」「ギャグ寄り」「軽いノリ」「アイテム支給多め?」「気軽にどうぞ」「(外見)ロリに苛められたい人にもお勧めです」 ■関連行動選択肢 A011700 「マリアの選抜試験に参加する」 備考:年齢その他、参加にあたっての制限は一切ありません。アクションに自分のセールスポイントが書かれていると良いかもしれません。 予想される敵:《雑霊》の群れ エリア:みなとみらい地区・遊園地 (主なアトラクションは観覧車、ジェットコースター、お化け屋敷、ゲームセンター等) A011701 「グレイ・ハウスでのんびりする」 備考:文字通りのんびりしたい人のための選択肢です。この選択肢を選んだ場合、ミッションの報酬を受け取ることはできません。 ――――――――――――――――――――――――――― 個人としてゲームを楽しむための交流の範囲を越えない場合に限り、この「初期情報」の複製、サイトへの転載を許可します。著作権等の扱いについては、公式サイト(http://else-mailgame.com/gddd/)を参照ください。 copyright 2012-2013 ELSEWARE, Ltd. ―――――――――――――――――――――――――――