初期情報 No.Z001301          担当:菅野紳士 「大うつけと天の邪鬼」 ―――――――――――――――――――――――――――  愛知県西部。  かつて尾張の国と呼ばれていたこの土地に、織田信長[おだ・のぶなが]は黄泉帰った。  “大霊災”から4年……。ようやく人の住める環境を取り戻した街は、信長の統制によって平穏が保たれていた。  彼に従う《祀徒》は日に日に数を増し、次第に各地へと勢力を伸ばしていく。  今やここは、信長陣営の本拠地となっていたのだ。  そしてその本丸とも言うべき場所が、清須市のシンボル。代々織田家の拠点として使われた古城跡地、清州城。  ――ではなく、その隣に建てられたオフィスビルだった。  一見、どこかの大手企業の本社とも思える外観。内装もごく普通のオフィスといった印象だ。  あるいは、極道社会の人々が出入りする事務所だろうか。部屋の奥に飾られた鎧兜と、木瓜の家紋が妙な迫力をかもし出していた。  そんなオフィス内で、パソコンのモニターを睨みつけるスーツ姿の男がいた。  歳は30を過ぎたころ。チェーン付きの金縁眼鏡の奥に潜めた、鋭い眼光。顎鬚をたくわえた口もとは、力強く真一文字に結ばれる。  人の上に立つ者の堂々たる風格を感じさせる。  そしてなにより特徴的なのが、今や時代劇ぐらいでしかお目に掛かることのない独特のヘアスタイルだ。後ろ髪を平打紐で巻きつける『茶筅髷』と呼ばれる髷だった。  そう。彼こそが日本にその名を轟かせた乱世の革命児、織田信長その人だったのだ。 「戦をするにあたりもっとも重要な武器である“情報”が、これほどたやすく集められるとは。まこと良き時代になったものだ」  今、彼が眺めていたのは、モニターに映し出されたグラフだった。  長さの違う2色の棒が波打つように上下するグラフ。時間による数値の変動を表すローソクチャートだ。  ただし株の相場を調べている、というわけでもないようで……。  これは各地の《祀徒》から、その地域に出没する《雑霊》と霊力の情報を集め、時間による変動をグラフ化したもの。  これをもとに次に進軍すべきポイントや、他陣営の動きの予想を立てているのだ。  信長の考案した霊力獲得の効率化を図る手段で、彼はこれを『霊(れい)トレード』と呼んでいた(おそらく韻を踏んだだけの洒落で、言葉としての意味はない)。  もっとも、現状では明確な成果は出ておらず、あくまで試験的な試みのようだが。  ――と、そこへ部屋のドアを叩く音が。  ノックの主は信長の返事を待つことなく、ゆっくりとドアを開けた。  入ってきたのは、20半ばの若い男だった。 「ここにいると、あなたが過去の偉人であることを忘れそうになりますね。現世の水が、よほど殿に合ったのか」  端整な顔立ちの優男だ。中国風の礼服が、細身の身体を引き締めて見せている。  手にした羽扇を口もとにあてがう様子は、どこか浮世離れした、古風な気品さを感じさせた。 「貴様に年寄り扱いされる筋合いはない。儂なんぞより、よほど古からやって来た身であろう。――のう、“天の邪鬼”よ?」 「天の邪鬼は止してください。私には諸葛孔明という名がございます」  そう名乗るこの男が、現在の信長に仕える第一の家臣であり、信長陣営の指揮を任される参謀。  中国は三国志の時代より、現世に黄泉帰った蜀の軍師、諸葛亮[しょかつ・りょう]。字は孔明[こうめい]だった。 「私は、殿があまり前世に頓着を持っていないように思えたことを、気に掛けただけです。我々《祭主》の中には故郷を懐かしみ、この国で生前の風景を再現しようとする者も少なくありません。ましてここは、殿の生きた尾張の地。殿の目には乱世の景色が映るのではありませんか?」  孔明が視線を向けた先は、窓の外に映る清州城の屋根瓦。  今は跡地にわずかに土塁を残すのみで、現在そこにあるのは後から建てられた模擬天守に過ぎない。  しかしその姿は、たしかに信長が生前過ごした尾張の守護所を彷彿させた。 「聞くまでもなく知っていることを、さも知らぬかのように。だから貴様は天の邪鬼なのだ」 「はて、なんのことやら」 「景色とはその時代を映す鏡。己が世を知らずして、世を動かせる理があるはずなかろう」 「それが殿のお考えですか。――あるいは殿自身、現世の生活を楽しんでおられるようにも思いますが」 「どちらであっても同じことだ」 「たしかに、そうかもしれません」  羽扇の裏で孔明が、くくっと小さな笑みをこぼした。  表情を変えるとき、羽扇で顔を隠すのは彼の癖だった。 「して、そんな戯言を吐くために、ここへ来たわけではあるまい?」 「はい。殿にお伝えしたき事がございます」  そう言うと、孔明は静かにその場に膝をつく。 「警察庁警備局公安第霊課より我が陣営に、新たな監査員が送られてくる、との報告を受けました」 「警察庁……。たしか《祭主》の監視などという理由で、儂のもとに《祀徒》を送りつけてきた連中か」 「彼らは我々の勢力拡大を恐れているものと思われます。事によっては、人々を裏切り、《災主》となるやもしれない。そう警戒しているのでしょう」 「人の目にはよほどこの第六天魔王が、恐ろしく映るようだな」 「いかがなさいましょう。理由をつけて増員を断る手もありますが……」 「構わん。もとより探られて痛む腹など持ち合わせておらん。それどころか、わざわざ兵を寄こすと言っているのだ。金子を付けて礼を言ってやりたいぐらいだ」  信長がふんと鼻を鳴らしてみせる。 「そうですか。――ではこの件、私に任せていただけないでしょうか」  その反応を予想していたかのように、孔明が顔を上げた。 「ほう、天の邪鬼め。また何か面白い興でも思いついたか?」 「ほんの些細な余興に過ぎませんが。殿は『草薙剣』を御存じですか?」  草薙剣。  日本神話に伝えられる三種の神器の1つ。スサノオがヤマタノオロチを切った際に現れたという、2尺8寸の剣だ。  アマテラスに献上されたこの剣は、その後ヤマトタケルの手に渡った。そして彼が野火の難から逃れるために剣で草を薙いだことが、名前の由来と言われている。  信長の生きた時代ですでに神話として語り継がれる、まさしく聖剣の中の聖剣だった。  この剣の所在には諸説あり、平家滅亡の際に壇ノ浦に沈んだとも、宮中で保管されているとも、あるいは幾度かの盗難によって、すでに存在しないとも言われているのだが……。 「草薙剣が熱田神宮に奉納されているという話は、あまりに有名です」  そう孔明が答えるように、神話の中では熱田神宮の御神体として祀られ続けていることになっているのだ。 「現在、熱田神宮およびその周辺は、《雑霊》の集まる危険地域となっています。そこに新たに加わる警察庁の《祀徒》を向かわせ、草薙剣の奪還を計ろうと考えております」 「ふむ……。興味がないとは言わぬが、肝心の草薙剣が眉に唾をつけるような話だ。とてもではないが、そんなものが実在するとは思えん」 「だからこそ、確かめる価値があるのです。所詮余興と思えば、あてが外れたらと憂うこともありません」  なにより――。 「こうして我々が現世で顔を突き合わせること自体、夢幻のようなもの。ならば如何なる幻が真であったとして、不思議はございません」  その言葉を聞いて、信長が高らかに笑った。  この二人が手を組もうなどとは、他ならぬ彼ら自身でさえ、考えもしなかったこと。  何の因果か、神の計略か。生きた世界の異なる二雄が、時代を変えて再び乱世を治めんとする。  それ以上の不思議などあるはずもなかった。 「たしかにそれも道理である」  信長が立ち上がる。  孔明が頷く。  眼鏡を外し、顔を上げる。視界の先に映るのは、額にして壁に掛けられた『天下布武』の文字。 「いいだろう。草薙剣奪還の計、孔明に任せる! 存分に励むがいい」  日本神話に名を残した聖地。  熱田神宮にて、草薙剣奪還の計が今始まろうとしていた。 ――――――――――――――――――――――――――― ■マスターより  初めましてと、お久しぶりです。  菅野紳士と申します。  この初期情報は「Z001300」と、同シナリオの情報となります。  「Z001300」と合わせてお読みください。  今回のシナリオは織田信長陣営を中心に展開する予定です。  参加PCは警察庁警備局公安第霊課の監査員および、監査員代理として信長陣営に加わっていただきます。  監査員代理の募集は外部でも行われているため、必ず公安第霊課に所属している必要はありません。逆に言えば、公安第霊課に所属しているから(正規の監査員だから)他より偉いという扱いにもなりませんので、好きな所属で参加いただければと思います。  また監査員でなく、正規の信長陣営として参加する場合も、基本的に扱いは同じです。  信長陣営としていますが、軍事ルールのパートとは別物なので、特にそちらは気にせず楽しんでください。  初期情報内でも触れていますが、1ターン目は熱田神宮にて《雑霊》退治をしていただきます。その辺りを想定したアクションを掛けると良いかもしれません。  それでは、皆様の冒険が良い思い出となりますよう。  どうぞよろしくお願いします。 ■シナリオの目安 危険度:★★★ 対応人数:★★★ キーワード:「協力」、「戦闘」、「陰謀」、「孔明の罠」 ■関連選択肢 A011300 「監査員として信長陣営に参加する」 ※備考:警察庁警備局公安第霊課に所属するPCはこちらの選択肢を選んでください。 A011301 「監査員代理として信長陣営に参加する」 ※備考:警察庁警備局公安第霊課以外の所属PCはこちらの選択肢を選んでください。 A011302 「草薙剣奪還の計を手伝う」 ※備考:監査員ではなく正規の信長陣営の《祀徒》として参加する場合は、こちらの選択肢を選んでください。  基本的に監査員・監査員代理と同様、一般兵として扱われます。 ――――――――――――――――――――――――――― 個人としてゲームを楽しむための交流の範囲を越えない場合に限り、この「初期情報」の複製、サイトへの転載を許可します。著作権等の扱いについては、公式サイト(http://else-mailgame.com/gddd/)を参照ください。 copyright 2012-2013 ELSEWARE, Ltd. ―――――――――――――――――――――――――――