初期情報 No.Z000802          担当:山城一樹 「プラトンと達磨祖師と」 ―――――――――――――――――――――――――――  大阪大会で、サラ・オブライエン[−・−]がエイブラハム・リンカーンに挑戦状を叩きつける数日前……  GGWF(グレーテスト・ゴースト・レスリング・フェデレーション)の経営者で『偉人プロレス』のブッカーでもある朱家あずさ[あやけ・−]がいる、本社取締役執務室へ向かった。  朱家あずさは、奉納神事でもある『偉人プロレス』の儀式の一切を取り仕切る巫女でもある。普段はスーツに眼鏡というシックな出で立ちなのに、儀式中は白衣に緋袴という巫女姿になるギャップから、世間でも人気がある少女だ。あずさを追いかけるために巡業についてくるファンもいるほどだ。  いいわねえ、女の子は。つくづく、そう思う。  泣いて笑って――それだけで、人がついてきてくれる。そこに言葉なんてなくったって構わない。カワイイは正義。女の子は得。  だけど、男は、それだけじゃないの。男の真実は、闘いの中にこそあるのよ〜。  野生溢れる四角いジャングルで戦い、血を流して死んでいくのよね。男の真実って不毛で殺風景だわ。でも、その中に、机上の学問じゃ到底見つけられない思慮深さ、イデアがあるのよ。  そこに到達するためには、真の男らしさを身につけなくちゃいけない。内面も、外面もね。  だから、自慢するわけじゃないけど、スーツもシャツも靴もハンカチも、み〜んな一流のものばっかしよ。お髭のお手入れだって、毎日三十分もかけてるもの。いくら髭が伸びない身になったからって、お手入れを怠るワケにはいかないわ。熊みたいで立派でしょ、この髭。  あら、上っ面だけじゃないわよ、失礼しちゃうわねェ。自分の内面を磨くための努力も、たくさんしたわよ〜? ランカシャー式レスリングもグレコローマン式レスリングも、フリースタイルもやったわね……生前から今までずぅ〜〜〜〜っとレスリングのトレーニングしてたから、今じゃ、オリンピア級をはるかに超越してるわ。日本の柔道やロシアのサンボの研究もしたし。あ、あと、哲学だって一流なのよ、知ってた?  え? アタシの名前……? 今さら名乗るのも照れちゃうわねェ……アタシ、プラトン[−]っていうの。紀元前から蘇った《祭主》なの。  え……? 年齢……? ウフフ、バカね、年頃の《祭主》に聞くものじゃないわ。ヤボね、“あなた”って。  ついでに言っておくと、アタシ、まだバージンなの。お笑いあそばせ。  もし、こんなアタシに興味を持ってくれたのなら、GGWFの興業を見に来てくれたらいいわ。本物のレスリングを、魅せてあげるわよぉ〜〜。  そういうわけで、あずさの執務室の前まで来た。  部屋の中から、話し声が聞こえてくる。 「――の前に、なんとしても儀式をすべて終えなくてはなりません。今度の興業をすべて成功させ、その中での儀式を終えれば、私どもの目的は達成できるのです」 「善哉(よきかな)」 「万一のことがあったとしても、祖師がいらっしゃると思えば、安心です。事情を存じ上げてくださる、それも凄腕の《祭主》がいらっしゃると思うと……」  誰かと話しているあずさの声が聞こえる。どうやら、儀式まわりの話らしいわね。アタシは、陰であずさがなにか企んでいても、特に気にしていないわ。強い男と戦って、自分のレスリング技術と肉体を相手に魅せることが出来れば。もっとも、食指が動く相手がいないから、今はぶらぶらと雑用してるだけだけど。  それに、あの子のこと、性的な目では見られないけど、根性は評価してるわ。小学生なみに貧弱だけど。金銭欲でこの興業をやってるわけじゃないし。  え? なんで知ってるかって? それはもちろん、見たことがあるからよ。  数ヶ月前、アタシがこの興業に参加するようにあずさちゃんから打診されてたころ、あの子、ヤクザに拉致されたの。興業を乗っ取ろうと企む連中に、輪姦(まわ)されそうになったのよね。アタシがいたから、取り返しがつかなくなる前に助けてあげられたけど。ちなみに、女の子を暴力で言うこと聞かせようとするようなゴミヤクザは、たっぷりと捏(こ)ねてあげたわ。  あずさちゃんは青い顔でガタガタ震えてたくせに、それでも興業をやめようとしなかった。一日休んだだけで精力的に仕事に復帰したわ。まあ、あれ以来ストッキングを一日中つけるようになったけれど。  なんであの子がそこまで頑張るのか。お金のためかと思ったら、違ったみたい。売り上げはほとんど興業の後ろ盾になってるヤクザに吸いあげられていたし、それを改善しようともしてなかったからね。  ともかく、あまりに見かねたもんで、ヤクザ相手の交渉はアタシが窓口になってあげたわ。窓口っていっても、必要以上の金額を要求してきたら、捏ねてあげるの。  それで経営状況もかなりマシになったみたいね。それ以来、宣伝や選手へのギャラに、資金をつぎ込めるようになったわ。その資金で、偉人プロレスをもっと大がかりにしようと、あの子は企んでるみたい。『偉人杯』っていうのが、その新企画らしいわ。  ノックした。 「どなたですか?」 「アタシよォン、プラトン。入るわよ?」 「どうぞ」  執務室に入ると、あずさが来客と応接セットに座って向き合っていた。  来客は、東洋風の僧衣を着た、禿頭髭面の男だった。彫りが深く、髭も濃い。プラトンの嫌いなタイプではない。僧衣は、ボロボロ。革張りの高級ソファで胡座をかいている。禅というやつか。 「突然お邪魔しちゃって、ごめんなさいね。キャベツ食べる?」  プラトンは、下げていたスーパーのビニール袋からキャベツをひと玉とってあずさに向けた。 「え? あ、いえ……私は結構です」 「あら、そうなの? ちゃんと食べないと大きくなれないわよ。そちらのおじさまはいかが?」 「不要(いらぬ)」 「そうなの」  禿頭の僧侶のぶっきらぼうさにちょっと鼻白んでしまった。ひとり不機嫌になってもしょうがないわ。キャベツの外側の葉をとって、かぶりつく。 「プラトン先生、ご紹介します。こちらは、これから偉人プロレスに参加してくださる《祭主》――達磨[だるま]祖師です」 「だるま?」  全身真っ赤の、手も足もない二頭身キャラがプラトンの脳裏に浮かんだ。 「はい。プラトン先生とは違って、実際に試合に参加なさるとのことです」 「へぇ。そうなの。ってことは、格闘系の《祭主》なわけね」 「達磨祖師は、中国の仏教僧で、拳法の達人でもあります。少林寺という古刹に伝わる拳法の創始者です」 「拳(フィスト)の使い手なわけ。アタシの対極ね」 「組技もお使いになります」 「パンクラチオンのようなもんね」  昔――生前は、パンクラチオンを『不完全なボクシングと不完全なレスリングが融合した競技』と評したことがあるけど、もっと言えばボクシングも評価していない。男の戦いは、組技と寝技――投げ技と関節技さえあればいい。それ以外は、不純物よ。 「達磨ちゃん、アナタ、強いの?」 「不識(知らぬ)」  にべもない回答ね。謙遜しているつもりかしら。気に入らないわァ。強者は強さを誇るべきよ。そうすることで弱い者は強者へ憧れ、自らを磨くようになる。強者が謙遜することは、悪徳だわ。もちろん、強者が弱者を守り、庇うことは必須の徳よ?  二個目のキャベツにかぶりつく。  幽霊となった身ではいくら食べても栄養として吸収されることはないが、味や食感を愉しむことはできる。 「でも、相手になれる子はいるのかしら。エイブはトレーナーだし。サラちゃんでも《祭主》を相手にするのはまだ荷が重いわ」  エイブとは《祭主》エイブラハム・リンカーンであり、サラとはリンカーンの弟子でGGWFの暫定王者サラ・オブライエンのことだ。 「次の興業は『偉人杯』と銘打って、人材を揃えるつもりです。私から、サラさんがミスターに挑むよう、ネジを巻いたので」 「エイブに喧嘩を売るようにそそのかしたの?」 「一ヶ月かけて。このまま十何年か精進すれば、ミスターを超えることができるだろうと」 「それって、今のままじゃ逆立ちしても勝てないってことよね」 「サラさんの性格からすれば『偉人杯』前にミスター・リンカーンに挑戦状を叩きつけるでしょう」 「エイブは応じちゃうでしょうねェ」 「弟子の懇請をはねのけられるほど、ミスター・リンカーンは冷たい性格の持ち主ではありません。そして試合をするなら『偉人杯』シリーズとなります」 「ねェン、あずさちゃん?」 「はい、なんでしょうか、プラトン先生」 「《祭主》同士の戦いって、視聴率を取れるんじゃないかしら?」 「え? それはそうですけど……ですが、その……」  あずさが狼狽している。 「あの……プラトン先生……」 「あ?」 「ひっ」  あら、いけない。鬼の顔をしてたみたいね。あずさちゃんを怖がらせるつもりじゃなかったんだけれど。笑顔にして、あずさに向き直る。 「アタシも参戦していいかしら?」 「先生も参戦していただけるなら、願ったり叶ったりですが……でも、どうして急に?」 「だって、これまでアタシと戦えるレベルの《祀徒》はいなかったでしょ? 安心なさい。ヤクザ相手の交渉窓口はやってあげるわ」 「ミ……ミスター・リンカーンとの対決をご所望なのですか?」 「いいえ、このお坊さんが気に入らないのよ」  この期に及んで、まだ達磨はアタシを無視しているのよね。このプラトンを。そのすまし面をアタシの投げ技でぶっ壊してあげたくなってきたわ。 「先生……偉人プロレスは……」 「わかってるわよォ。研鑽した武術と肉体を供物として神に捧げ、土地を浄化する儀式の場が偉人プロレスでしょ? 大丈夫よ、それくらいわかってるわ。無惨な殺し合いなんてしないわ」 「そうではありません」 「あら? 止めようってわけじゃないの?」 「先生と祖師の対決となれば話題になりますし、視聴率も見込めます。そ、そんな試合を……シリーズ初期にすぐというわけにはいきません」 「まだなにか言いたそうね? 言ってごらんなさい」 「それに……シリーズの終盤で望みのマッチメイクをしてほしいのであれば、それだけの成績を収めなくては、な……なりません。ほかに優秀な成績をあげている、興行価値のある選手がいれば、その人が達磨祖師と戦うかも知れません」 「アタシが負けて商品価値が消えたら、達磨と戦う資格がなくなるとでも言いてェのかよ?」 「ヒッ――!? そ、それは……そうです……」  あずさが震えながら肯定する。やはり、根性はある。言うべきと思ったことは、どんなに怯えながらでも言う。それは美徳だ。 「可愛いわねぇ。言わなくちゃいけないと思ったことはどんなに怖くても言う。アナタのそういうとこ、アタシ好きヨ。なら、アタシは勝たなくちゃいけないわけねェ」 「ただ勝つだけでは――」 「わかってるわよ。ちゃんと相手の全力を受けきってあげるわ。そうしないと、どんだけいい男が相手でも、本当にわかりあうことなんて出来ないもの。死の覚悟をして全知全能を奮い血を流し戦う。言葉や文字なんていう不確かなものじゃ、到底できない理解がそこにあるわ。言葉や文字なんてもので理解しあえるのは、本当に智を愛する人だけだもの」  六個目のキャベツは、食べずに握りつぶした。キャベツの破片が顔にぶつかったあずさが悲鳴をあげている。 「けど、肉体は嘘はつかないわ。十キロのものしか持ち上げられない人間は百キロのものを持ち上げられない。百キロのものを持ち上げられる人間はそれだけ才能を持ってたり努力してきた人間だけ。アナタはどうなのかしら? 達磨ちゃん?」 「不識」 「あ、そうそう。アタシと達磨ちゃんの戦いは、テレビなしにしたほうがいいかもねぇ」 「え?」 「内蔵とかが飛び出したら、困るでしょ、あずさちゃんも。ねぇ、アナタはどう思うの、達磨ちゃん?」 「不識」 「ウフフ……《祭主》って、内蔵全部抜いたら剥製にできるのかしら? そもそも幽霊に内臓ってあるのかしらね?」 「不識」 「知らねーんだったら、テメーの体で試してやるよ。それとも、名前通り両手足ぶち折られるほうが好みかよ」 「不識」  アタシと達磨のやりとりを前に、あずさが頬にキャベツをくっつけたままガタガタ震えている。知ったこっちゃないわね。あずさちゃんはかわいいしナデナデしてあげたくはあるけど、それよりもなによりも、自分が血潮を熱くして戦える相手のほうが重要なのよねぇ〜〜〜〜。  けど、ほかにいるかもしれない。人材をたくさん揃えて戦う偉人杯。もしかしたら、アタシの食指が動く奴がいるかもしれない。それは、もしかしたら《祀徒》ちゃんかもしれない。あぁっ! 楽しみだわっ。  《祭主》として現世に帰還してから、初めて血湧き肉躍る、アタシの肉体と技術を総動員できる気がするわ。そんな季節のヨ・カ・ン☆ ――――――――――――――――――――――――――― ■マスターより  こんにちは、マスターの山城一樹です。  初期情報00にもあるとおり、今回はプロレスシナリオです。本初期情報は、NPC《祭主》である達磨祖師とプラトンの確執を描写しています。  プラトンに代わってヤクザとの交渉窓口を担当することは可能ですが、その時点で表舞台(=試合)には参加できなくなりますのでご注意下さい。 ■シナリオの目安 危険度:★★ 対応人数:★★★ キーワード:「プロレス」、「嗚呼、心に愛がなければ」、「格闘重視」、「興業」、「古典的」、「フェイバリットは自己申告」、「数値判定重視」、「18禁はアクション次第」 ■関連選択肢 A010800 「奉納プロレスに選手として参加する」 ※備考:『素手』が霊器のPC限定の選択肢。初期情報「Z000800」にて公開しているシナリオ内サブルールに則って、アクションをご記入下さい。 A010801 「奉納プロレスに選手以外で参加する」 ※備考:奉納プロレスに試合以外で参加するのをご希望の方は、こちらの選択肢をお選び下さい。観客というのも、ありです。 ――――――――――――――――――――――――――― 個人としてゲームを楽しむための交流の範囲を越えない場合に限り、この「初期情報」の複製、サイトへの転載を許可します。著作権等の扱いについては、公式サイト(http://else-mailgame.com/gddd/)を参照ください。 copyright 2012-2013 ELSEWARE, Ltd. ―――――――――――――――――――――――――――