GDDD外伝(仮称) No.G993603         担当:上岡統 「在原業平の東下り:猟幽会千葉支部編」 ―――――――――――――――――――――――――  ダムが近所というほどの山中にひっそりと佇んでいる、古びた小さな平屋──ここが猟幽会関東千葉支部の事務所であり、水戸光圀[みと・みつくに]が現在、身を寄せている場所である。  その光圀は、散歩もかねて近所で大判焼を買いに出て、今ちょうど事務所に戻るところであった。夏真っ盛りの山の鮮やかな緑が、目に眩しい。 「あーあ。時代劇みたいに、パーッと全国漫遊の旅で、世直しと行きたいもんだけどねぇ」  《祭主》となった光圀は10代真っ盛り、セーラー服と刀の似合う黒髪の美少女だ。幽霊ではあるが、光圀は己を持て余していた。近頃《雑霊》の被害も増えてきているという話も聞く。千葉支部でのんびり過ごす日々も決して嫌いではないが、《祭主》として己も立ち上がるべきではないか、という焦燥に駆られる。  光圀の大好きな時代劇は、自分の生前がモデルにされている人気作はもちろんのこと、流浪の旅に明け暮れる物語が多い。旅に出たい。旅の仲間をいっぱい集めて、旅に。そのイライラが頂点に達して、光圀は事務所の扉を乱暴に開けた。立て付けが悪くなりつつあるのか、ギシギシと建物が悲鳴を上げてしまう。 「忍[しのぶ]殿! 大判焼きはあたしが買ってきたし、ほら! 仕事はちょっと休んでさ」  事務員の榎田忍[えのきだ・しのぶ]とおやつ&おしゃべりタイムにしようと、事務所へ飛び込んだ光圀だが……榎田はいなかった。代わりに、一人の見慣れぬ男がちゃぶ台の前で客用布団にきっちりと正座していた。 「どうも。大日本史歌人伝でもバッチリ紹介されている在原業平[ありわらの・なりひら]です」  即座に光圀は後退して扉を閉めた。 「こいつはいけねぇや。あたしとしたことが、ウッカリ妙な所に迷い込んじまったらしい」  光圀は拳をコツンとこめかみに当て舌を出す。 「しかし、ここいらにそう建物はないのに、どうして間違えちまったんだろ。まだ日も高いってのに、この怪奇……ひょっとして幽霊の仕業かい?」  と、光圀が閉めた扉が建物の内側からギギギと開く。 「扉が勝手に……やはり幽霊が」 「俺もお前も幽霊だろ!」  業平はびしっと光圀を指さした。 「ってか何だよ、その態度! わざわざこの俺がこんなド田舎まで来てやったのによ」  根は平安貴族である業平からすれば、東京都心とて所詮は『東国』。いわんや、猟幽会千葉支部など秘境にも等しいに違いなかった。 「あたしに一体何の用だい?」 「俺は天下統一シナリオで水戸光圀陣営だろ? これも何かの縁かと思って挨拶に来たんだよ」  光圀は業平がここに来た事情を把握した。女性と絡める要素があるならば乗る、ということなのだろうが。 「天下統一で同陣営だから関係があるわけではないとマニュアルにも書いてあるんだけどね」 「光圀陣営に俺が配属されたのは『日本の史実キャラ同士、美少女チェンジした光圀さんと美男子のままの業平さんはお似合いのカップルですよ』というGKグループからのメッセージだと思って」  業平はずずずと光圀に迫ってきた。あわやポニーテールを掴まれそうになったところで、さっと光圀は身を翻し、仕方なく事務所内に入った。  光圀は紙袋を破って大判焼きを一つ取り出した。ふむ、お茶が欲しいなと、光圀はポットから急須に湯を注ぐ。夏ではあるが、和菓子には熱いお茶が良い。物欲しそうに業平がこちらを見ているが、大判焼きも茶も出すつもりはなかった。 「忍殿はどこへ行った?」  大判焼きをかじりつつ、光圀は業平に訊いた。 「あの巨乳のおねえさんなら、車で買い物に出たぞ。茶菓子の買い置きがないってんで」  不意の客人のためにわざわざ買い出しに出るにしても、業平をひとりにするのは妙だと光圀は思った。榎田の気性ならば、まず光圀が戻るまで業平の相手をしてやるのではないだろうか。 「……忍殿に不埒な真似はしておるまいな?」  光圀がすぅっと目を細めて睨む。いやいや、と業平は手を振った。 「土下座しながらおっぱい舐めさせてくださいとかブラジャー嗅がせてくださいとか脱いだストッキング持ち帰らせてくださいとか頼んだだけで、指一本触れてない」  業平の眉間に光圀の湯呑みが炸裂した。 「悪霊退散!」  しかし熱いお茶では《祭主》はどうともならない。 「実体化率100%だと普通に熱いし痛いんだけど」 「そこに直れ、在原業平! 成敗してくれる!」  セーラー服のスカートのギャザーをふわりと広げ、腰をひねって沈めた光圀の手には、《霊器》たる一振りの刀があった。この間合いから光圀が《霊験》鞘の内を発動して抜き打ちでも放てば、業平の首は刎ね跳び、その存在は消滅しかねない。 「弓兵キャラに近接攻撃は良くない! 光圀ちゃん! 早まるな!」 「歌人なんだろ、ここらで歌のひとつでも詠んでみてはどうだい?」 「それ辞世の歌になりますよね、そういや昔に詠んだな、なんだっけ……」  あたふたとする業平を見る内に光圀は醒めてきた。 「ケチなセクハラ魔なんか斬ってもつまんない」  光圀は《霊器》をしまって嘆息。榎田が退席したのも業平に愛想を尽かしたからであって、セクハラに屈したわけではないからだろう。おそらく業平は光圀の客人の《祭主》であるというので大きな顔をしたのであろうし、粘着質な絡み方からして釘を刺せば止めるタイプでもない。ただ存在が鬱陶しいだけなのである。 「光圀ちゃん的には、つまらぬものを斬るんじゃなくて、この紋所が目に入らぬか、だろ?」  業平はさっと手を伸ばし、光圀──の食べかけた大判焼きに触れようとした。光圀は業平の手をピシャリと打って、残りをモガモガと食べた。 「確かに御老公は格好いいけどさ、あたしがそれをそのままやったんじゃ、迫力に欠けるんだよねぇ。あたしは本物の水戸光圀だってのにさ」  青春まっただ中を生きる爽やかな美少女になってしまった光圀の悩みであった。 「スカートめくって『このパンティが目に入らぬか』で良いよ。それなら、みんな姿勢は低くなると思うし」  業平の鼻に光圀の裏拳がめりこみ、吹っ飛んだ業平が壁にぶつかった衝撃で事務所内は大きく揺れた。 「何よぉ、今の音?」  野太い声ではあったが、声の調子はうんざりとした女のようであった。事務所に入ってきたのは筋肉質な巨躯の男だ。タンクトップから盛り上がった肩の筋肉にうっすら汗を滲ませた様子など、何とも頼もしいのだが。 「おみっちゃん、なぁに、今の騒ぎ」  その男を知らぬ者には、この言葉遣いと外見のギャップを埋め合わせるのに多少の時間が必要である。 「おお、正宗[まさむね]殿」  正宗と知己である光圀は愛称を呼ばれて返事をする。 「夏だし、山の中だからな。デカい虫が湧いていたので退治した」 「あら、やだぁ。ありがと、おみっちゃん。それよりさ、鳥谷[とりたに]ちゃんは、今日はもう戻らない?」  正宗は、千葉県支部長の鳥谷進次郎[とりたに・しんじろう]に用があるらしかった。 「それなら忍殿に訊いた方が良いが、……」 「誰がデカい虫だ、誰が!」  存在を無視された業平が、光圀にぬっと迫った。 「ああ、虫けらにも多少の存在意義ってのはあるさね。一寸の虫にも五分の魂だ」 「虫以下だってか!? なら、俺は何の幽霊だって言うんだよ!」  白けた顔をする光圀に、業平が食って掛かる。と、業平の肩がむんずと正宗に掴まれる。 「なぁに、このひょろっちいの?」  正宗は光圀から業平を引きはがした。優男の一言で容姿の説明がつく業平は、正宗のマッチョな肉体に縦も横も負ける。 「何だよ、このゴッツいオカマ《祭主》は! 俺に触るんじゃねぇ!」  業平は毒づいた。  その次の瞬間、正宗の平手が業平に飛んだ。 「ええ、アタシはオカマよ。文句ある? もっとも、アンタみたいな性根の腐った屑には興味ないわよ。アンタこそ、おみっちゃんに触らないでくれる?」  正宗は、光圀の業平に対する態度と業平の言動から、事の一部始終を見抜いたのだ。  正宗に頬をぶたれて崩れ落ちた業平は、頬を押さえて呆然としている。 「オカマは、女より男に厳しいな」  光圀が呆気ない決着に感心していると。 「あの……今のもう一度お願いします」  と、業平は正宗を見上げて言った。  ──その場の空気が、一瞬にして冷えた。 「力強く殴られた後に罵られるとこんな気持ちになるんだって、僕は初めて知りました」 「アンタ何言ってンのよ、キャラ変わってるわよ!?」  新たな性癖に覚醒した業平の薄気味悪さに、正宗はじりと後退した。  2人のやりとりを見た光圀は静かに事務所を出ようとした。と、正宗がすかさず光圀の腕を取る。 「やだ、おみっちゃん! どこ行くつもりよ!」 「あたしも野暮な真似はしたかないんでね」 「コイツと2人っきりにしな──キャアアァァ!」  正宗が悲鳴をあげたのは、その太い腰に業平がすがりついてきたからだ。 「お願いです正宗様、だめな僕をもっとぶってください! 罵ってください!」 「止めてよ! アンタみたいなのは嫌なンだってば!」  正宗が業平を振り払おうと必死になっている隙に、光圀はそっと事務所の外に出た。と、買い物から戻った榎田とバッタリ出くわす。 「あ、光圀様。すみません、……」  光圀を見た榎田は済まなさそうにこうべを垂れたので、光圀はその肩に優しく手を掛けた。 「苦労を掛けたねぇ、忍殿。でも、もう大丈夫だ」  と言った光圀の語尾に、事務所内からの野太い男の悲鳴が重なった。 「今のは、正宗様!……あの、中で何が」 「もう大丈夫だ」  大事なことなので、光圀は二度繰り返した。 ――――――――――――――――――――――――― ■マスターより ▼こんにちは、上岡統です。 ▼このプライベートリアクションは、はなみずき頼マスターから事前の承諾を得て作成しました。もちろん、内容に関しては私に責任があります。正宗さんは業平を相手にしなさそうだなぁと思ったので、こういう話になった次第です。 ▼時系列は、初期情報より以前です。 ―――――――――――――――――――――――――  ここに書かれている内容・情報は、「GDDD外伝」内限定のものであり、公式設定と食い違う場合があります。ここに書かれた内容を元にしたアクションは、原則採用されません。  このリアクションの複製および、個人サイトやブログ等での無断転載・転用、無断配布等は固く禁止しております。 ※個人としてゲームを楽しむための交流ためであっても例外ではありません。 ―――――――――――――――――――――――――