GDDD外伝(仮称) No.G993600         担当:上岡統 「援助と持続」 ―――――――――――――――――――――――――  梅雨も明けて本格的な夏の気候に入ったにもかかわらず、NPO法人アルストロメリア本部では、建物に設置されているエアコンが使われていない。代わりに昔ながらの扇風機があちこちに置かれて、しきりに首を振っている。他のメンバーはこの暑さに辟易して、休憩時間と称して近隣の飲食店に涼みに行った。大霊災から4年が経過しており、もはや何の生活インフラもない場所で大量の被災者が困窮しているといった状況ではない。外に出て行ったメンバーは一様に「クーラー使用を自粛することに何の意味があるのだ」という顔をしていた。  かれらは勘違いをしている。菅井有希[すがい・ゆき]がクーラーのスイッチに手を掛けられないのは、大霊災被災者を慮っていることはもちろんだが、それ以上に彼女が残してきた存在を思いやってのことであった。5年前に青年海外協力隊に合格して、晴れて憧れの日本語教師となって赴任した先には、冷房も暖房もなかったのだ。任期も半ばとなり、任期延長を申し出ようか、いや任期終了後も……とぼんやりと夢想していた矢先、祖国が大霊災に見舞われた。学部時代のボランティアサークルの仲間から「大霊災被害者支援のために新たにNPO法人を立ち上げたい、そのためには菅井さんの力がどうしても欲しい」と懇願された。そして有希は任期短縮して日本に戻った。そのことは後悔していないが、赴任先の人々を見捨てたような気分になり、今でも申し訳なく思ってしまう。アルストロメリア設立に関わったメンバーで残っているのは結局有希一人だ。中には《祀徒》として目覚め、大霊災の被害にまた違った形で関わっている者もいる。だが多くは、一般人のまま、大霊災の被害と向き合うことに疲弊したからであった。 「また、だめになった……」  有希はぽつりとつぶやいた。事務机に置かれたノートPCのディスプレイには、特殊災害対策対応庁、通称・退魔庁のウェブサイトが表示されている。更新された各都道府県霊子濃度危険度レベル一覧表を基準とすれば、いくつかの地域に派遣しているボランティアメンバーを呼び戻さねばならなくないだろう。また、救援物資を送り届けることが難しくなる地域も出てきた。  通常の自然災害であれば、年を経る毎にその被害は収まってゆくものだ。ところが、大霊災を契機とした被害はむしろ生活に定着してゆくばかり。《祀徒》のすべてが、《祀徒》でない者のために戦わねばならないわけではないし、それを要求することも間違っている、そう頭では分かっていても、やはり有希は歯がゆく思う。 (せめて、私も《祀徒》になれたら)  アルストロメリアの規定では《祀徒》はメンバーとしない。有希がそう決めたのだ。《祀徒》として大霊災の被害に立ち向かう力を得たのならば、彼らの活躍の場はもうアルストロメリアにはないと考えたからだ。そうして《祀徒》に目覚めたメンバーを何人も送り出してきている。だが《祀徒》でない身で、霊力による被害を乗り切ることはできない。《祀徒》であれば《霊器》一つで追い払うことのできる《雑霊》に逃げ惑うしかないのが一般人である。危険地域に踏み込む際に猟幽会の元メンバーに助力を乞うこともあるが、それにも限界がある。有希が《祀徒》となれば、アルストロメリアを去らねばならない。しかし、有希はもう無力な己に嫌気がさしていた。この未曾有の事態に立ち向かう具体的な力が欲しかった。 「菅井さん! 菅井さん! これ、これ……退魔庁から!」  レストランに行っていたメンバーの一人が、慌ただしく事務室に駆け込んできた。そそっかしい性格もあって、棚や机の角に、太股やら肘やらをぶつけては「痛ッ!」と騒ぎ立てる。その衝撃で置かれている書類がどさどさと落ちてゆき、メンバーは更におたおたする。見かねた有希は席を立ち、回収に向かった。 「落ち着いて、何があったの」 「これ、これこれ! 応募してたじゃないですか、菅井さん! 忘れちゃったんですか!?」  床に散らばる書類をかき集める有希の眼前に、素っ気ない官公庁仕様の封筒が突きつけられる。 「応募?」  はて何だったかと首をかしげながら、有希は封筒を手に取る。 「ほら、えぇと、霊保院会議の民間委員! 菅井さん応募したじゃないですか!」  ああ、と有希はそこで思い出す。退魔庁の機関である霊子力保安管理院が開いている官民合同会議の民間委員の枠に空きが出たか何かで、追加募集が行われていたのだ。こういった募集はほとんど内定者がいる状態で行われるもので、何のコネもない有希が通るわけがない。とはいえ、募集が行われている以上は応募するぐらいは良いだろうと書類だけ出したのであった。 「やだ。どうせ落選通知よ」  有希は手近な机のペンスタンドにあったペーパーナイフで封筒を開封した。中に入っているのはA4一枚の紙切れで、素っ気なく『霊子力保安管理院定例会議 7月開催日程通知』とあった。出席できない日時があれば速やかに連絡せよ、と添え書きがある。  会議の日取りは問題ない、全日出席可能である。場所は霊保院の会議室で、初めて行く場所だから後で地図で調べるべきだろう。交通費については何も書かれていないが、いくらか出してもらえるとありがたい。食事はどうだろうか? 自分が会議に出席したことを、どこでどんな形で公開して良いのか確認せねばならない。これはアルストロメリアの活動としても重要なことなのだから──A4の紙を前に、有希は固まったまま、頭だけはこの4年間の習い性で必要事項を冷静に分析していく。 「やった! 菅井さん、やりましたよ! 民間委員に菅井さんが選ばれた! ずっと、4年間、アルストロメリアで頑張ってたの、認められたんですよ! 《祀徒》でなくたって、大霊災のために出来ることはあるって、いつも菅井さん言って……菅井さん?」  余白の目立つ定例会議通知に、ボトボトと大粒の涙が零れて水玉模様を作る。 「わ、たしでも……できる」  霊力の欠片も感じない己では、所詮この世界の異変と戦うことなんて出来ないと思っていた。青年海外協力隊の活動を途中で捨てて選んだのが、《祀徒》ならざる身で大霊災の被災者を助けようというまたも中途半端な道。後悔よりも深い絶望にずっと包まれていたのだと、有希はその時初めて自覚した。 「……クーラー」  泣き出した有希におろおろしていたメンバーが、有希のつぶやきにきょとんとなる。 「暑い、から……つけようか」  大霊災から4年が経過して、首都圏の電力供給を担う地域もかなりの復興を遂げている。必要な電力を使用することには何の問題もなかった。 「え、いや……はい。んじゃ、他の連中も呼んできますか? いや、あまりに暑いんで、みんなファミレスで仕事してたんですよ、実は」  メンバーには有希の心変わりの真の理由は分からない。これからはクーラーを使って良いのだと、ただほっとした。 「でも温度あまり下げちゃだめよ」 「はいはい、分かってます。うちは貧乏ですからそんなに電気代払えませんもんね!」  メンバーの冗談めかした物言いに、有希はあははと笑った。声を上げて笑ったのは、本当に久しぶりのことであった。 ――――――――――――――――――――――――― ■マスターより ▼今夏に電気代節約のためにクーラー禁止にしたところ、喫茶店をハシゴする癖がついて結局は電気代以上の浪費をした上岡統です。使えるものは適切な範囲で使った方が良いですね。 ▼GDD外伝、今回は霊保院会議の参加者NPCである菅井有希の物語をお届けしました。いかがでしたでしょうか。《祀徒》でない一般人のドラマは通常のリアクションではまず出てこないでしょうから、こうしたおまけリアクションに相応しいテーマかなぁ、などと考えた次第です。 ▼菅井有希。29歳。日本語教育学で修士号を取得後、青年海外協力隊に応募、合格。日本語教師として一年ほど某国に滞在するが、大霊災を受けて任期短縮して帰国。大霊災被害支援のためのNPO法人「アルストロメリア」の設立に関わる。……とまあ、こんな具合ですかね。 ▼アルストロメリアは百合水仙ともいいまして、明るい色が多く花持ちも良いため装飾によく使われます。皆さんもどこかで見たことあるかも。花言葉は「援助」と「持続」。菅井有希がボランティアグループの名前に選んだ理由でしょう。事務所にも飾ってるようです。 ▼では今回はこの辺で。またお目に掛かる機会があれば幸いです。 ―――――――――――――――――――――――――  ここに書かれている内容・情報は、「GDD外伝」内限定のものであり、公式設定と食い違う場合があります。 ここに書かれた内容を元にしたアクションは、原則採用されません。  このリアクションの複製および、個人サイトやブログ等での無断転載・転用、無断配布等は固く禁止しております。 ※個人としてゲームを楽しむための交流ためであっても例外ではありません。 ―――――――――――――――――――――――――