GDDD外伝(仮称) No.G991304        担当:菅野紳士 「神様の贈り物」 ―――――――――――――――――――――――――  1938年、京都。  ひと気のない裏通り。  ガス灯もなく月明かりだけが足元を照らす夜道を歩きながら、羽田[はた]はため息をついた。 「なんで俺がこんな目に……」  彼は今、この界隈で噂になっている辻斬り幽霊の調査を行っている。  祀徒(※読みは「しと」。この当時はまだ「チェインド」という読み方が確立されていない)の家系に生まれた羽田は、度々、神祇課(※後の宮内庁陰陽課)から届く幽霊退治の依頼を引き受け、その報酬で生計を立てていた。もっとも当人は肉体労働は専門外としており、他に仕事のあてがあればすぐにでも辞める気でいるのだが。  しかしながら今回の仕事はどうにもきな臭い雰囲気が漂う。  はっきり言って、自分のような学生が傍らで行える代物ではないと、羽田は考えていた。 「どうした羽田、ずいぶん浮かない顔だな? 青瓢箪みたいな顔をさらに白くしちまって、まるで幽霊そのものだ。うっかり間違えて斬っちまっても謝らないぞ」 「ハハッ!」と呑気に笑い声を上げたのは、羽田の隣を歩く長身の男。  彼は今回の仕事の助っ人として神祇課から派遣された祀徒である。詳しい素性は聞いてないが、帝都を中心に幽霊退治を行っているらしい。  たしか名を満則[みつのり]と言っていたか。 「いつ幽霊が現れるかも分らんのに、そんな気負いでどうする。俺たちは人にない力を持った“選ばれた存在”なんだぜ。選ばれた者には、その誇りと信念を持って戦う義務がある。たしかに俺たちの戦いは人の目に触れるものではないかもしれないが、それによって大日本帝国、一億人の命が守られているんだってことを忘れちゃいけねぇぜ」  普通、こういう世界に生きる人間というのは少なからず心に陰りがあり、口数が少ないものなのだが……。この満則という男に関しては、どうもそれが当てはまらないらしい。  先ほどから延々と一人で喋りっぱなしで黙る気配がない。正直、羽田の苦手とするタイプである。  そんな相手なものだから羽田も柄になく、つい食って掛かってしまい。 「あんたはその誇りだか、なんだかで戦っているのかもしれないが……俺はそんな気はない。こんな力なけりゃ良かったとさえ思っているよ」 「うん?」 「あんた話に聞いてないか? どうもこのヤマ、普通の幽霊退治と違うような気がするんだ」  わざわざ今に話すような事でないと分かりつつも、今さら後にも引けないと思い、羽田が話を続けた。 「俺も依頼を引き受けた後に知ったことなんだが……。どうやら俺たちの前にも、すでに何人もの人間が今回の調査にあたっていたらしいんだよ」  羽田の話によると、当初は普通の辻斬り事件として警察が動いていたという。  しかし関わった警察官が次々に姿を消したことから、幽霊の仕業であるとして神祇課が本格的に調査に乗り出したのだ。  これで事件が解決すれば良かったのだが、幽霊退治のプロであるはずの陰陽師や祀徒までもが調査を進めるうちに行方不明になってしまう。  羽田が把握しているだけでも、すでに三人は消息を絶っている。いずれも自分などより遥かに実戦経験豊富な一流の祀徒ばかりだった。 「ハメられたんだよ、俺たちは……神祇課の人柱としてな。たぶん神祇課はこの事件の解決に時間が掛かると考えたんだ。祀徒が動いている間は一般人への被害が出ていない。事件が解決するまで世間に噂が広まるのを抑えるために、俺たちみたいな下っ端を使って時間稼ぎをしているんだよ!」  そうと分かっていれば、こんな仕事引き受けるべきではなかったのだ。  羽田にとっては、こんなもの高い学費を払うための手段でしかないのだから。  しかし神祇課から下される依頼は、一度引き受けたら必ず最後まで貫徹しなければならないとされている。守らなければどんな制裁が降るか分からない。  守秘義務のためなどと言われているが、要はこうした危険な任務を途中で下ろさせないための処置なのだろう。  政府や帝国軍隊とも深い関わりを持つ組織である。死して前進などといった精神が色濃く受け継がれているのだ。 「くそっ! なんで俺がこんな目に……。こんな仕事引き受けなきゃ良かったんだ。いや、もっと言えば、祀徒の力なんて始めからなけりゃ良かった……」  己の血を流れる忌まわしき呪いを、羽田はただただ恨むばかりだった。  そんな羽田を横目に、満則はふんと鼻を鳴らす。 「ずいぶんケツの穴の小せぇ考えだねぇ。呪い? 不幸? けっこうじゃないか。そういうものを背負って生きる奴ほど“偉人”と呼ばれる人間になれるんじゃないかね」 「はあ!?」  これには羽田が眉根を寄せる。 「さっきも言ったが、俺たちの持つ力は誰しも手に入れられるものではない。こういうのを遠き米国では“ギフト”と呼ぶらしい。神様から与えられた贈り物ってことだ。ま、俺は神なんてものを信じちゃいないが、それぐらい素晴らしいものだって話だな。羽田はそれを手に余しているみたいだが俺なら可能な限り有効活用しようと考えるね。具体的には、俺はこの力をもっともっと強く極める! そしていずれはこの力を持って、俺は世界を導く灯となるのさ!」  満則が両手を広げ大声で叫んだ。  まるで万人の大観衆の中で演説をするかのように、自信に満ちた力強い口調で。 「俺は世界を動かす偉人になる男だ! 羽田が抱える神祇課への不満だって、いずれは俺が全て解消してやるよ。俺が目指しているのは全ての人間が幸せに暮らせる世界だからな!」  何を言っているんだコイツは……と、羽田が口に出そうと思ったところで諦めた。  満則の目は本気なのだ。  子どもが紙芝居のヒーローを心から信じるように。彼もまた己の掲げた夢が当然のものであるとして、高らかに胸を張ってみせたのだ。 「どうだい? 少しは自分の持つ力の重要さが理解できたんじゃないか。俺たちの力はどんな目標でも叶える可能性を秘めた、まさに神様の贈り物なんだよ! 羽田も俺のように、この力の使い方を考えるべきだ!」 「…………」  不覚にも羽田は言葉を詰まらせてしまった。  満則の言い分があまりに荒唐無稽なものであるのは間違いない。だが、そこに羽田が抱いた事のない不思議な魅力を感じられたのだ。  羽田にとってこの力は自分を不幸に陥れる呪いでしかない。  それと同じもので満則は壮大な夢を描いていたのである。 「た、たしかに考え方としては面白いかもしれない。しかし、やはり俺にはそんなこと実現するとはとても――」  そう言って、羽田が顔を上げたとき。  ふいに満則がこちらに向かって右手を振り上げていた。  手には一振りの剣が握られている。幽霊退治に使う、霊気を具現化させて作った武器だ。  まさか自分の否定的な発言に満則が逆上したのか――そう思った矢先。 「伏せろ羽田ァ!!!」  満則が叫んだ。  言われるがまま羽田が頭を引っ込める。  羽田が避けた頭上すれすれを、満則の横一線が鋭く振り抜かれた。 『ウグアァァ――――――――――――――ッ!!!』  直後、この世のものとも思えぬ、地の底から響くような悲鳴が羽田の背後に響きわたった。  そこにいたのは落ち武者のようなボロボロの鎧甲冑を纏う男だったのだ。  満則の一撃に傷を負い、顔を抑えたまま悲鳴を上げる。手にした刀を放り投げ、地面に転がる様子から、かなりの深手であると見て取れた。 「だが一滴の血も流れていない!? つまりこいつは幽霊なのか!?」  そう、それこそが彼らが調査を行っていた辻斬り幽霊だったのである。 「なんて奴だ……闇に紛れていたとはいえ一切の気配も感じさせずに俺に背後に立つなんて……」  もう数瞬、気づくのが遅れていれば、羽田の首は胴体から離れていただろう。  いくら隣で満則が騒いでいたとはいえ、羽田も周囲の警戒を怠っていたわけではない。周囲の霊力を察知するのは彼の得意とするところなのだ。  それをかいくぐって距離を詰められたというのは、いかにこの幽霊が並ならぬ実力の持ち主であかを現わしていた。 「しかし真に驚くべきは、それを見抜いた上で反撃した満則だ……! しかもあの太刀筋、まったく見えなかったぞ!」  満則の剣撃を見切れなかったのは辻斬り幽霊も同じである。  幽霊は混乱するように手足をばたつかせながら、悲鳴を上げるばかりだった。 「離れろ、羽田!」  しかし戦いはこれで終わらなかった。  見れば、辻斬り幽霊は再び日本刀を握り直し、ゆっくりと起き上がったのだ。  顔を覆う手の隙間から、二つの赤い目玉が満則たちを睨みつける。 『おのれ、人間の風情が……。この吉岡直元[よしおか・なおもと]に不覚を負わせるとは……』 「吉岡直元だと!?」  その名を聞いて羽田が唖然とする。  吉岡直元と言えば、足利十二代将軍に仕えていた名家の当主であり、後に剣術指南として江戸に栄えた吉岡道場の祖である。 「そうか! こいつはかつて偉人と呼ばれた人物の霊が、成仏できぬままに暴走した悪霊なんだ! ――話に聞いた事があるぞ! 偉人の霊は並ならぬ力を持った恐ろしい存在であると!」  だとすると全て合点がいく。  先の調査で祀徒たちが姿を消したのは直元に殺されたためだったのだ。  通常こうした強力な霊が出現したときは、その旨を神祇課に報告し、必要なだけの戦力を整えた上で討伐にあたる。  しかし今回は目撃者が悉く殺されていたため、報告が届かなかったのだ。 「なるほど、偉人の幽霊か。たしかに人間の言葉を理解しているみたいだし、並みの幽霊より知能も高そうだ。意図的に口封じを行っていたとしてもおかしくないな」 「呑気な事を言っている場合じゃないぞ! こいつは俺たちの手に負える相手じゃない! 幸い、敵は弱っている。今なら逃げることも十分可能なはずだ! 今すぐ神祇課に報告して体勢を立て直してから――」 「いや、だめだ! 俺は“こいつのためにも”逃げるわけにいかないようだ」  羽田の忠告を無視して、満則が改めて剣先を直元に突きつける。こちらに戦う意思がある事をアピールするかのように。  それを見て、直元もまた刀を構え直した。 「なにを考えている満則! まさか本気で勝てると思っているのか!? 運良く深手を負わせられたとはいえ、相手はかつて剣の達人として――」 「来いよ偉人の先輩さん、俺が介錯してやるよ! 最後は偉人らしく華々しく散らせてやるさ!」 「満則ィィィッ!」  止まらない。  満則も直元も、生涯のライバル同士が決闘に臨むかのように、互いに向き合ったまま一歩も引こうとはしない。 『お、おおぉぉ……!』  そして合図もないまま両者が同時に飛び掛かった。  二つの刃が空中で交錯し、すり抜ける。  勝負は一瞬だった。  しばらくの沈黙の後、満則が膝をつく。  だが、断末魔を上げたのは直元の方だった。  ほんの僅かな差ではあるが、満則の剣が直元の首を捉えたのである。  直元の刀は満則の胸をかすめたものの、踏み込みが浅く薄皮を裂くに留まったようだった。  時間にすれば刹那の出来事。  だが、その僅かな間に羽田は十年の寿命が縮まった思いだった。 「ふう……さすがに今のはヤバかったな。先にくれてやった一撃が生きたか。万全の状態でやりあったら死んでいたかもしれん」 「ば……っ!」  馬鹿と言ってやりたかったが辞める。  無謀な行動を咎めるべきか、目の前で起きた奇跡を褒めたたえるべきか、分からなかったのだ。  たった一人の人間が偉人の幽霊を退治してしまう。そんな祀徒が今だかつて存在しただろうか? 「いや、ありえない……まるで昔話の一遍じゃないか! かの伝説の陰陽師、安倍晴明[あべの・せいめい]の逸話じゃあるまいし……」  そう言いかけて、羽田がはっとした。  満則は偉人になると豪語した男。  彼はその言葉を体現するかのように、過去の偉人がやってのけた偉業を果たしてみせたのだ。 「それが危険を賭してまで直元と戦った目的だったのか! 満則は自分の実力を神祇課に見せつけるために――」 「全然違うぞ」 「えっ……?」 「俺が退治したのは“どこにでいもいる普通の幽霊”だ。吉岡直元の幽霊なんぞ見てもいない」  一瞬なにを言っているのか、羽田には理解できなかった。  だが、しばらく顎に手を当てているうち、ある考えが脳裏をよぎる。 「まさか……満則は吉岡直元の名誉を守るつもりなのか?」  そう答えた羽田に対し、満則は満面の笑みを浮かべた。  直元との戦いを避け、神祇課に報告するのは簡単だった。  しかしそれによって直元は“悪霊”として神祇課に認知され、その名前は不名誉な形で未来永劫、祀徒たちの記録となるのだ。  だからこそ満則は直元をその場で斬り、痕跡を絶ったのだろう。  吉岡直元の幽霊を目撃したのは死んだ祀徒たちの他には、羽田と満則の二人だけ。彼らが神祇課に報告しない限り、直元が悪霊となった事実は誰の知るところでもないのだ。  彼らが退治したのは名もなき辻斬り幽霊……ただそれだけの事として。 「たしかに偉人の中には晩年になって醜態を晒す奴もいるけどさ、なにも死んだ後まで自分の名を汚すことねぇだろ。やっぱ偉人は偉人らしく、英雄として語り継がれなくちゃな。――少なくとも俺が幽霊になったときには、そう願うがね」 「俺がって、すでに偉人になる前提かよ」  思わず羽田が苦笑をもらす。  なるほど。めちゃくちゃな事ばかり言っているが、確かに偉人と呼ばれるような人間は、得てしてそんな奴ばかりなのかもしれない。  少なくとも彼はその点だけで言えば、他のどんな偉人にも負けていないような気さえした。 「くれぐれもこの事は神祇課に内密にしてくれよ。後に俺の人生をふり返ったとき、後ろ暗いところがあったら偉人として恰好悪いからよ」 「分かっている。こいつは俺と満則の間だけの秘密だ」 「ハッ、秘密を共有する仲間か。――面白いな、どうだお前も俺と一緒に偉人の道を歩んでみないか」 「えっ?」 「俺とお前で世界を変えるんだよ。――この先、世界は激動の渦に飲まれていく。まずは同盟国であるイタリア、ドイツと共に世界を三分するだろ。そのイタリアとドイツもいずれは日本が平らげることになる。そして世界の頂点となった日本を食らうのが、この俺たちだ! どうだ面白くないか!」 「ああ面白いな、別の意味で。そんな事、子どもだって考えないだろうよ」  だが、心を躍らせる何かは感じていた。  この男が口にするなら本当に実現するんじゃないかとさえ思えてくるのだ。 「でも、やっぱり俺はその誘いには乗れそうにないな。俺は満則とは違う。偉人になれる器じゃねぇよ」 「そうか……そりゃ残念だ」 「代わりと言っちゃなんだが俺も夢を見たくなったかな。――俺は自分たちが持っている幽霊退治の力を研究したい。結局のところ俺たちはこの力を何も知らずに使っているんだ。神祇課でさえ、おそらくは表面上の事しか把握していないだろう。俺はもっとこの力に理解を深め、満則の言う『どんな目標でも叶える可能性』というのを実証してみたいんだ!」  その言葉に満則がほうと頷く。 「面白いじゃないか! それだよ、それ! 神様の贈り物は有効活用してこそだ! ――よし、見てろよ羽田。俺が偉くなった暁には、お前に研究主任みたいなポストを用意してやる!」 「おいおい、あんまり俺を舐めないでくれ。これでも学業の方は主席なんだからな。それぐらいの地位、自分の実力だけで取ってみせら!」  二人は互いの肩を叩きながら大声で笑いあった。  向かう道は違えども、彼とは間違いなく親友になれると羽田は感じていた。  彼がこの後、偉人として後世にまで名を残すかは分からないが、少なくとも羽田の記憶の中からは生涯消えることのない名前になったのである。  ――無戒満則[むかい・みつのり]。  後に天成[てんじょう]と改める男の名を。 ―――――――――――――――――――――――――  ここに書かれている内容・情報は、「GDDD外伝」内限定のものであり、公式設定と食い違う場合があります。ここに書かれた内容を元にしたアクションは、原則採用されません。  このリアクションの複製および、個人サイトやブログ等での無断転載・転用、無断配布等は固く禁止しております。 ※個人としてゲームを楽しむための交流ためであっても例外ではありません。 ―――――――――――――――――――――――――